自賠責保険の継承

Q.自動車が譲渡された場合、同自動車を被保険自動車とする任意保険契約は、譲渡人から譲受人に承継されるますか。
A.原則として、譲渡人から譲受人に承継されません。ただし、保険会社が承認した場合には、任意保険契約は、譲渡人から譲受人に承継されます。

解説

自動車が譲渡された場合、同自動車を被保険自動車とする任意保険契約は、譲渡人から譲受人に承継されないのが原則です。

なお、ここで、被保険自動車の「譲渡」とは、譲受人が被保険自動車の引渡しを受けこれを現実に支配すれば足り、所有権移転登録手続や売買代金の支払等、譲渡契約上の義務の履行の完了の有無は問わないと解されています(最判平成9年9月4日集民185号1頁・判タ958号112頁)。

ただし、多くの保険会社では、約款において、譲渡人が、任意自動車保険関係を譲受人に譲渡することを保険会社に書面等により通知して承認請求を行った場合に、保険会社がこれを承認したときは、任意自動車保険関係は、譲受人に移転すると定められているのが通例です。

そして、保険会社が被保険者の譲受人に対する譲渡についての承認請求書を「受領」している場合には、承認前であっても、承認請求書受領後の保険事故による損害について保険金を支払うものとされています。

ここで、承認請求書を「受領」するのは、保険会社のほか、保険代理店でも差し支えないと解されます。



自賠責保険の引き継ぎ

Q.被保険自動車を旧車両から新しく取得した新車両に入れ替えた場合、旧車両を被保険自動車とした任意保険契約は、新車両に引き継がれますか。
A.旧車両から新車両に入れ替えた場合、任意保険契約は、当然には新車両に引き継がれず、保険会社の承諾を得る必要があります。

解説

新車両に任意保険契約を引き継がせるためには、車両を入れ替えたことを保険会社に書面等により通知して承認請求を行い、保険会社の承諾を得る必要があります。

ただし、多くの保険会社では、約款において、新車両取得日の翌日から30日以内に保険契約者が書面による入替えの承認請求を行い、保険会社がその書面を受領し、これを承認するまでの間は、入替え後の新車両を被保険車とみなして、保険適用がある旨の特約条項が定められています。

この特約条項が適用されれば、承認請求前に生じた交通事故による損害についても保険金が支払われます。



任意保険の被害者直接請求権

Q.任意保険の被害者直接請求権とはどのような制度ですか。
A.任意保険の被害者直接請求権とは、被害者が加害者に対してではなく、直接加害者加入の保険会社に賠償請求できる権利で、任意保険の約款に基づく権利であるため、約款に基づく条件があります。

解説

本来、保険金請求権は、被保険者である交通事故加害者だけが有するもので、契約外の交通事故被害者は、保険会社に対して、何らの直接請求権もありません。

任意保険会社に対する被害者直接請求権とは、保険契約者と保険会社の当事者間の契約内容である約款のなかで、第三者である交通事故被害者の権利を規定したものです。

これは、保険会社に当事者性を持たせ、保険会社の示談代行には弁護士法との関係で違法性があるのではないかとの疑問を解消するとともに、被害者救済をより充実させるために設けられたものです。

これに対し、自賠責保険の被害者直接請求権は、自賠法16条によって創設された権利で、自賠法3条の運行供用者責任に基づく損害賠償請求権が成立していることを要件として、自賠責保険会社に請求するものです。

任意保険がある場合は、通常、任意保険会社がサービスとして一括でこの自賠責保険へ直接請求できる部分も支払ってくれます。

任意保険会社との交渉が決裂すると、こうした一括の扱いを解除して、自賠責の被害者請求をし、足りない部分を訴訟などで獲得していくことになります。



対人賠償責任保険と自賠責保険との関係

Q.対人賠償責任保険と自賠責保険とはどのような関係になりますか。
A.対人賠償責任保険は、被保険者の責任負担額が自賠責保険によって支払われる額を超過する場合に、その超過額を填補する「上積み保険」として位置づけられています。したがいまして、対人賠償責任保険の約款には、通常、自賠責保険等によって支払われる金額を超過する場合にかぎり、その超過額のみ保険金を支払う旨が規定されています。

解説

上積み保険

対人賠償責任保険は、被保険者の責任負担額が自賠責保険によって支払われる額を超過する場合に、その超過額を填補するものです。

自賠責保険と対人賠償責任保険は、いわゆる二階建ての構造となっており、対人賠償責任保険は自賠責保険の「上積み保険」として位置付けられています。

対人賠償責任保険の約款には、自賠責保険等によって支払われる金額を超過する場合にかぎり、その超過額に対してのみ保険金を支払う旨が規定されているのが通常です。

したがいまして、被保険自動車に自賠責保険が付保されていない場合(被保険自動車が自賠責適用除外車である場合、自賠責無保険車である場合)には、自賠責保険が付保されていたならば支払われたであろう額(自賠責限度額)の超過額に対してのみ保険金が支払われることとなり、自賠責限度額については、被保険者(加害者)本人の負担となります。

自賠責保険との相違点

(1) 対象となる保険事故の範囲

自賠責保険の対象となる事故は、自動車の「運行」に起因したものでなければなりませんが(自賠法3条)、対人賠償責任保険においては、約款上、自動車の「所有、使用又は管理」に起因したものであれば足りるとされており、広く被保険者の損害賠償責任を担保することとなります。

(2) 過失相殺の適用

自賠責保険においては、被害者に重過失(過失相殺率70%以上)が認められる場合にだけ定率的に減額が適用されますが、対人賠償責任保険は、民法722条の規定に従って、通常どおり過失相殺が行われます。

(3) 親族間事故の取扱い

自賠責保険においては、いわゆる親族間で発生した自動車事故であっても、被害者が「他人(自賠法3条)」である限り、保険保護の対象となりますが、対人賠償責任保険においては、被保険者と被害者とが親子、夫婦といった緊密な関係にある場合には、約款で免責事由とされています。

(4) 因果関係認否困難事案の取扱い

自賠責保険では、事故と損害との間の因果関係の認否が困難な事案について、死亡・後遺障害による損害額の50%を認定する取扱いが行われていますが、対人賠償責任保険では、実務上そのような取扱いはされていません。



対人賠償責任保険の慰謝料

Q.対物賠償責任保険では、どのような損害について保険金が支払われるのでしょうか。物損に関連する慰謝料は支払われないのですか。
A.発生した自動車事故と相当因果関係のある範囲の物的損害について支払われます。ただし、物損に関連する慰謝料は原則として認められません。

解説

対物賠償責任保険とは、被保険者が、自動車事故により他人の財物に破損、汚損、滅失などの損害を与え、民法709条に基づく損害賠償責任を負った場合に、損害を受けた者に対して支払われる保険金です。

したがいまして、当該自動車事故と相当因果関係のある損害である限り、自動車等被害物件の修理費用等の直接損害に限られず、代車使用料、レッカー費用、休車損害等の間接損害についても保険金が支払われます。

物損に関連する慰謝料は原則として認められません。これは、財産的損害に対する賠償がなされれば精神的苦痛も同時に慰謝されると考えられるためです。

例外的に、「特段の事情」があれば民法710条に基づき物損に関連する慰謝料が認められるとされ、この「特段の事情」としては以下の2つを挙げる裁判例が多いです。

① 被害物件が被害者にとって特別の主観的・精神的価値を有し(社会通念上相当と認められることを要する。)、単に財産的損害の賠償を認めただけでは償い得ないほど甚大な精神的苦痛を被った場合

② 加害行為が著しく反社会的、あるいは害意を伴うなどのため、財産に対する金銭賠償だけでは被害者の著しい苦痛が慰謝されないような場合



自動車保険における人身傷害補償保険

Q.自動車保険における人身傷害補償保険は、他の保険と比べてどのような特徴があるか。
A.自動車の運行に起因する事故等であって急激かつ偶然な外来の事故で傷害を負った場合、自己の保険会社から保険金が支払われる保険です。他の保険に比べ損害額算定に当たって自己の過失割合が考慮されないこと、保険金額が自己の保険会社基準で計算されることなどが特徴です。

解説

人身傷害補償保険とは

人身傷害補償保険とは、自動車の運行に起因する事故等であって、急激かつ偶然な外来の事故により被保険者等が身体に傷害を負うことによって被保険者等が被る損害に対し、加害者の賠償責任の有無にかかわらず、保険契約の人身傷害条項及び一般条項に従って保険金が支払われるという保険です。

対象となる保険事故は、①被保険自動車に搭乗中の事故(被保険自動車事故型)、②被保険自動車以外の自動車に搭乗中の事故(自動車事故型)、③自動車に限らない交通事故(交通事故型)などがあります。

具体的な人身傷害補償保険でどの保険事故が対象となるかは約款によって様々です。

人身傷害補償保険の特徴

人身傷害補償保険の特徴としては、①相手方の加入している保険会社から賠償を受ける場合とは異なり、故意又は極めて重大な過失を除き被保険者の過失割合が考慮されない、②自己の契約している保険会社の基準(裁判基準よりは低いですが、自賠責保険よりは高い基準。いわゆる人傷基準。)に従って計算された損害額を填補する点があります。

①につき、言い方を変えれば、被保険者自身に過失がある場合であってもそれが算定に影響しない保険金を受領することができるということであり、特に被保険者自身の過失が大きく相手方保険会社から損害額の十分な回収が見込めない場合には人身傷害補償保険を使うメリットが出てきます。

②につき自社基準で計算される損害額のため、相手方保険会社提示の損害額の場合と比較して、交渉の余地が大きくはないことに注意を要します。

そのほかにも、人身傷害補償保険金を支払った保険会社が加害者に求償請求する、被保険者が傷害の治療を受ける際に公的制度(健康保険、労災等)の利用等により費用軽減に努める義務がある(公的制度利用等で支払われた金額は支払保険金額から控除される))などの特徴があります。



人身傷害補償保険と損害賠償請求権

Q.人身傷害補償保険と損害賠償請求権とで、いずれを先に請求するのかを検討するに当たって留意すべき点は何ですか。
A.加害者に対する損害賠償請求を先行させた後に人身傷害補償保険を使用した場合、被害者の過失の有無により受け取れる保険金額が人身傷害補償保険を先に使用した場合より低額になる可能性があります。

解説

人身傷害補償保険の保険金額は、大抵の場合、訴訟等で認められる損害賠償額基準よりも低額となっており、被害者に過失がある場合には、人身傷害補償保険が填補する範囲についての考え方の違いから、人身傷害補償保険から先に使用するのか、加害者に対する損害賠償請求を先行させた後に人身傷害補償保険を使用するのか、その請求順序によって、被害者が最終的に取得しうる総額が変わってくることがあり得る点で注意が必要です。

以下では、具体例をもとに解説します。

損害賠償訴訟上の総損害額1000万円
人身傷害補償保険の基準額300万円
被害者の過失30%
相手方に対する損害賠償認容額1000万円×70%=700万円

① 人身傷害補償保険を先行して使用した場合

被害者は、人身傷害補償保険を先行して使用し、同保険から300万円を受け取っています。

後に提起した訴訟において、総損害額が1000万円、被害者側の過失が30%と判断された場合、先に受領した人身傷害補償保険金300万円をどのように取り扱うのかが問題となります。

このように、人身傷害補償保険を先に使用した場合については、最高裁の判例があります。

判例によれば、人身傷害補償保険は、被保険者に過失があるときでも、その過失割合を考慮することなく算定される額の保険金を支払うものとされているのであって、保険金は、被害者が被る損害に対して支払われる傷害保険金として、被害者が被る実損をその過失の有無、割合にかかわらず補填する趣旨・目的の下で支払われるものと解されるとし、このような趣旨・目的に照らすと、保険金請求権者が、被保険者である被害者の過失の有無、割合にかかわらず、保険金の支払いによって民法上認められるべき過失相殺前の損害額を確保することができるように解することが合理的であるとしました(いわゆる「裁判基準差額説」を採用。最判平成24年2月20日民集66巻2号742頁、判タ1366号83頁。同趣旨の判例として、最判平成24年5月29日集民240号261頁、判タ1374号100頁)。

上記判例は、先に受け取った人身傷害補償保険金と相手方の本来の賠償責任額(裁判によって認定された被害者の損害額×相手方の過失割合)の合計額が、裁判によって認定された過失相殺前の被害者の損害額に達するまでは、先に受け取った人身傷害補償保険金の金額は、特に請求額・認容額から控除しなくてよい旨を判示するものです。

このことは、被害者から見れば、裁判によって認定された損害額のうち、相手方から賠償を受けられないはずであった自己の過失分が、人身傷害補償保険によって補填されるような関係になります。

設例のケースでは、先に被害者が受け取った人身傷害補償保険金が300万円、相手方の本来の賠償責任額が700万円であり、その合計額は裁判によって認定された過失相殺前の被害者の損害1000万円ちょうどとなります。

したがいまして、設例のケースでは、裁判に先立って人身傷害保険金を受け取っていたとしても、単純に裁判によって認定された依頼者の損害額に相手方の過失割合を乗じた金額700万円の請求権が全額認容されることになります。

② 相手方に対する損害賠償請求訴訟を先行させた場合

先に裁判を起こし判決等を得て、相手方から賠償金の支払いを受けた後に、人身傷害補償保険金を請求するケースにおいては、それは人身傷害補償保険金の請求に他ならないものですから、保険会社ごとの人身傷害補償保険の基準によって支払う保険金を算出するべきであるとした裁判例があることに注意が必要です(大阪高判平成24年6月7日高民集65巻1号1頁、判タ1389号259頁。東京高判平成26年8月6日判タ1427号127頁。)。

上記裁判例のような見解に立った場合、人身傷害補償保険金の請求の場面では、保険会社は裁判で認定された被害者の損害額には拘束されず、保険会社ごとの人身傷害補償保険の基準によることになりますから、相手方の対人賠償保険等の支払いが先行している場合には、人身傷害補償保険の基準額から対人賠償保険等から支払われた金額が控除されることとなります。

この場合、先の設例のケースでは、裁判によって相手方から相手方賠償責任額の700万円(被害者の損害1000万円×相手方の過失7割)の支払いを受けた後に、人身傷害補償保険金を請求しようとした場合、人身傷害保険の保険金総額(300万円)から対人賠償保険等から支払われた金額(700万円)が控除されてしまうという結論があり得ます。

つまり、300万円の保険金額から、既払い額である700万円が差し引かれてマイナスとなる結果、支払われる金額は0円になります。

この場合の依頼者の総回収額は700万円にとどまり、人身傷害補償保険を先行した場合(1000万円全額)を大きく下回ることとなります。

もっとも、このような不公正を是正するため、人身傷害補償保険の支払基準について保険会社各社の約款の改訂が進められており、判決等がある場合には、各保険会社があらかじめ約款で定めた支払基準ではなく、判決等で認められた基準(損害額)によるという内容に改訂されている場合があります。

とは言え、約款の改訂未了の保険会社も存在すると思われ、裁判の前後どちらで人身傷害補償保険を使用するかを検討するに当たっては、事前に約款の確認と依頼者の保険会社の担当者と協議しておくことが必要です。