修理費と買替差額

修理費用の算定方法

損害賠償の原則は、原状回復であり、加害者が被害者の自動車を損傷した場合には、加害者はその損傷を修復する義務を負います。
 
このため、修理費用相当額が損害となることは当然といえます。なお、あくまで損傷を金銭的評価した結果が修理費用相当額であるため、実際に修理を実施していなくとも、修理費用相当額が損害として認められます。
 
しかしながら、損害賠償上は、どのような修理でも認められるものではありません。修理費用相当額が損害として認められるのは、原状回復義務の現れですので、損害として認められる範囲も必要かつ相当な修理に限定されます。
 
このため、修理の実施により、自動車の価値が増加する場合には、原状回復の範囲を超えるものとして、必要かつ相当な修理とは認められません。

全損の場合の取扱い

自動車の車両時価に買替諸費用を加算した金額が損害となる場合を全損といいますが、この全損には、物理的全損と経済的全損の2種類があります。
 
物理的全損とは、事故によって生じた損傷により被害自動車が物理的に機能し得なくなる状態をいい、経済的全損とは、修理費用が車両時価に買替諸費用を加算した金額を超過する状態をいいます。
 
物理的全損が発生しているといえるためには、事故により被害自動車の車体の本質的構造部分に重大な損傷の生じたことが客観的に認められることが必要とされます(最判昭49・4・15交民7・2・275)。
 
経済的全損が発生しているといえるためには、修理費用相当額が車両時価に買替諸費用を加算した金額を超過することが必要となります。
 
買替諸費用には、登録費用、車庫証明費用、登録手数料、自動車取得税、被害自動車の自動車重量税未経過分等が含まれますが、被害自動車の自賠責保険料、新規に購入した自動車の自動車税、自動車重量税、自賠責保険料等は含まれません。
 
全損の場合には車両時価の算定方法が重要となります。
 
市場価格が存在する自動車の車両時価の算定方法は、「いわゆる中古車が損傷を受けた場合、当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によって定めるべきであり、右価格を課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によって定めることは、加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のないかぎり、許されない」とされています(最判昭49・4・15交民7・2・275)。
 
例えば、旭川地裁平成27年9月29日判決(判時2295・111)は、同最高裁判決を引用した上で、新車価格389万7000円(初度登録平成7年7月)の自動車が平成25年12月発生の事故で全損となった事案について「中古車の価格査定等を行う旭川市内の専門業者6社は、被害車と同一の車種・年式・型、走行距離、新車価格の自動車の販売価格について、いずれも100万円以上であると査定しており、この査定の信用性を疑わせるような事情は見当たらない。
 
またインターネット上の中古車販売情報サイトに掲載された情報に照らしても、被害車と同種の自動車が90万円以上の価格で取引されていることがうかがわれる」として、被害車の時価額が90万円を下るものではないと判示し、被告の減価償却法によるべき(新車価格の10%)との主張を排斥しました。
 
これに対し、市場価格が存在しない自動車の車両時価の算定方法については、いまだ取扱いが確定していないところではありますが、定率法により減価償却をした上で、車両時価を算定する裁判例が多く認められます(東京地判平15・9・8交民36・5・1254、大阪地判平20・12・17交民41・6・1655、名古屋地判平15・5・16(平14(ワ)57)、スポーツバイク自転車の損害につき京都地判平27・7・29交民48・4・923等)。
 
なお、耐用年数が経過し、かつ市場価格が存在しない自動車についても、実際の裁判においては、一定の車両損害を認める傾向にあります。
 
例えば、東京地裁平成11年1月27日判決(交民32・1・191)は、走行距離が30万キロメートル、法定耐用年数の4年を経過していた個人タクシーの車両時価を購入価格の10パーセントとし、名古屋地裁平成15年7月11日判決(平14(ワ)4579)は、法定耐用年数の4年を10年以上経過していた保冷車の車両時価を新車価格の10パーセントとしています。

経済的全損の場合の被害者の車両売却義務

なお、経済的全損となった場合に、被害者が事故車両を修理せずに売却した場合と修理してそのまま使用した場合とで賠償額が異なるかという問題がさらにあります。
 
この点について、上記東京地裁平成28年6月17日判決(交民49・3・750)は結論として経済的損害を否認したにもかかわらず、さらに傍論として、以下のように判示しました。
 
「まず、XがX車を修理せずに売却した場合、Xの損害額はX車の売却代金を控除して算定するのが相当である。なぜなら、この場合、XはX車の売却代金を実際に取得するから、本件事故前のX車の価格及び買替諸費用の合計額からXが取得した売却代金の差額が賠償されれば、Xは不法行為がなかったときの状態に戻ることができるからである。・・・
 
問題は、XがX車を修理して使用した場合に、Xの損害額から取得可能な売却代金を控除すべきかである。
 
この点について被告は、これを肯定するのが公平と主張する。
 
しかし、Xは、X車の使用者として、X車を修理して使用することも選択できる以上、XがX車を売却せずに修理して使用したことを理由に、Xの損害額からA社への売却代金(取得可能な売却代金)を控除することはできない。
 
また、被告はXに本件事故前のX車の価格を支払っていないのであるから、そもそも民法422条類推適用の余地はなく、被告がA社へX車を売却できなくなったことを理由に、Xの損害額からA社への売却代金(取得可能な売却代金)を控除することもできない。
 
結局、被告の主張は、X車が経済的全損になった以上、XはX車を修理せずに売却する義務があることを前提にした主張と解するほかはないところ、Xにそのような義務はないのであるから、被告の主張は失当である。」
 
つまり、この判決の傍論によれば、被害者が事故車両を修理せずに売却した場合と修理してそのまま使用した場合とで賠償額が異なるということになりますが、被害者の行為によって賠償額が異なるという点についてはやや疑問がないわけではなく、この点については今後さらに検討が必要かと思われます(なお、上記控訴審判決ではこの点は判断がなされていません)。

評価損

評価損(格落損)の意義

評価損(格落損)とは、損害車両に対して十分な修理がなされた場合であっても、修理後の車両価格が、事故前の価格を下回ることをいいます。
 
具体的には、①修理技術上の限界から、顕在的に、自動車の性能、外観等が、事故前より低下すること、②事故による衝撃のため、車体、各種部品等に負担がかかり、修理後まもなくは不具合がなくとも経年的に不具合の発生することが起こりやすくなること、③修理の後も隠れた損傷があるかもしれないとの懸念が残ること、④事故に遭ったことが縁起が悪いということで嫌われる傾向にあること等の諸点により、中古車市場の価格が事故に遭っていない車両より減価することをいうものとされています(東京地判昭61・4・25判タ605号96頁・判時1193号116頁・交民集19巻2号568頁)。

みなし評価損

事故車の査定価格が下落したということは、交換価値の減少であり、それは車両を使用している限り現実化しないので、事故前に具体的な売却予定があった場合にのみ肯定すべきであるとの主張がなされることがある。
 
これについては、評価損は、事故車が現に使用され、かつ、将来転売の予定がなくとも現実に発生するものと解すべきであるとした裁判例(神戸地判平2・1・26交民集23巻1号56頁)、事故車の査定価格の下落は、交換価値の減少ではあるが、車両を使用している限り、その損害が現実化していないとして、損害額の算定に際し、まったく考慮しないのは、被害者に著しい不利益を負わせることになって妥当ではないとの裁判例があります(東京地判平8・3・6交民集29巻2号346頁)。

評価損(格落損)認定基準

評価損については、初年度登録からの期間、走行距離、修理の程度、車種等を考慮して認定することになる。
 
修理しても回復ができない欠損が残った事例、購入して間もない事例等で評価損が認められています。
 
具体的には、①修理費を基準として評価損を認めた事例、②車両価格を基準にして評価損を認めた事例、③一般財団法人日本自動車査定協会の査定等を考慮して評価損を算定した事例、④前記事情(車両の種類・使用期間・走行距離・修理代金等の事情)を総合考慮したことを前提に単に金額を示す事例等があります。
 
具体的事例としては、初年度登録からの期間(例えば3年以内程度)、走行距離、修理の程度、車種等を考慮し、修理費を基準にして30%程度を上限として認めている事例が多く、その他の事例も、修理費の半額程度の金額で収まっている事例が多く、少なくとも評価損を認めた金額は修理費の金額の範囲内で収まっているようです。

代車費用

代車の必要性の要件

代車費用が損害賠償金に含まれるためには、当該代車が被害者にとって必要であることが要件となるかという問題があります。
 
代車の必要性に疑問を呈する学説もありますが、現在の実務は代車の必要性の要件を必要としています。
 
代車がどのような場合に必要かについてですが、一般的には、営業用車両については必要性が認められ、自家用車両の場合には、通勤・通学のときには必要性が認められ、レジャー・趣味のときには必要性が否定される傾向にありますが、必ずしも類型的に結論がでるものでもありません。
 
不法行為に基づく損害賠償においては、被害者にも損害拡大防止義務があるところ、被害者が損害拡大防止義務を果たしても、やはり代車費用が必要であるかを考えることが必要となります。
 
営業用車両については、予備車・遊休車が存在する場合には、被害者としては当該車両を使用すべきであり、必要性が否定されることになります。
 
自家用車両については、代替交通機関の利用により、代車を使用する必要がなく、代替交通機関を利用することが社会的に相当である場合には、通勤・通学であっても、代車の必要性は認められないことが相当です。
 
また、レジャー・趣味のために自家用車両を使用していたときは、レジャー・趣味の移動手段として使用していた場合と、当該被害自動車に乗車すること自体がレジャー・趣味である場合の2種類に分類できます。
 
後者については、代車の必要性は否定されることが当然でしょうが、前者については、代替交通機関の利用が可能であり相当であるという事情がない場合には、必要性は認められることもあってもよいと思われます。

代車が認められる期間

代車は、被害自動車の修理や買替えのために必要な期間に、被害者に使用が認められるものであるため、代車が認められる期間は被害自動車の修理や買替えのために必要な期間とされます。
 
修理については、工場に被害自動車を入庫し、保険会社から調査を委嘱されたアジャスターと修理工場が協定をし、実際の修理がされることになります。
 
通常は2週間程度で修理が完了しますが、被害自動車が高級外車等の理由により部品の取寄せに時間がかかる等の事情がある場合には、修理期間も通常よりも時間がかかってしまいます。
 
また、加害者の加入する任意保険会社の社員またはアジャスターにおいて、修理費用等の確認や提案を合理的な理由がなく放置したことにより、修理業者が修理に取りかかれないということもあります(名古屋地判平27・12・25交民48・6・1586)。このように、修理期間が通常よりも長くなることについて被害者に帰責事由がない場合には、代車が認められる期間も長くなります。
 
これに対し、被害者が合理的な理由がないにもかかわらず、修理に着手をしない場合、通常認められる修理期間を超えた期間については、代車は認められません。
 
この例としては、不必要な部品交換や全塗装を求めていたり、過失割合についての意見対立がある場合が挙げられます。
 
買替えについては、代車が認められる期間は、1か月程度とされています。
 
被害者が合理的な理由がないにもかかわらず、買替えをしないような場合、同期間を超えた期間については、代車は認められません。
 
なお、さいたま地裁平成28年7月7日判決(交民49・4・840)は、平成25年5月11日の事故により全損状態となったX社所有の事業用冷凍・冷蔵車の代車費用について「X会社としても、遅くとも平成25年7月初めには全損と評価される可能性を認識していたものと認められるから、X車が事業用冷凍庫であった修理するか買替えかを検討するには相当の期間を要するとはいえても、本件事故からこの地点までの期間である60日間に限って代車使用期間とするのが相当である」として、日額2万円の代車費用を認定しています。

代車の車種

代車としては、被害自動車と同等クラスの車種の代車費用までは認められることが実務上の取扱いといえます。
 
これに対し、高級外車が被害自動車の場合には、国産高級車の限度で代車費用を認める裁判例が多いようです(名古屋地判平28・1・29交民49・1・115、東京地判平19・11・29交民40・6・1543、東京地判平11・9・13交民32・5・1378、東京地判平7・3・17交民28・2・417、東京地判平8・5・29交民29・3・810等)。
 
他方、高級外車であるからという理由により当然に国産高級車の限度で代車費用を認めるのではなく、個別具体の事案における使用目的や使用期間を考慮して判断することが相当であるとする見解もあります(佐久間邦夫・八木一洋「交通損害関係訴訟」233頁(青林書院、平21))。
 
なお、東京地判平28・2・5(判時2313・61)は、クレーンやスロープ等が装備された福祉車両(車種はトヨタ「アイシス」)が全損した事案について、代車として同様の装備がなされた車両(車種はややグレードの高いトヨタ「ヴォクシー」)を買換までの期間約2か月間(福祉車両で注文生産のため一般車よりも納車に時間がかかった)使用した費用を損害として認めています。

休車損害

休車損害の適用場面

休車損害が認められる前提として、被害自動車が営業用車両であることが必要です。
 
自家用車両については、代車や代替的交通機関を利用すれば足りるため、損害としては認められません。
 
このため、休車損害は被害自動車が営業用車両の場合に発生する損害といえます。
 
もっとも、営業用車両であっても、代車により対応が可能な場合には休車損害は問題となりませんが、営業用車両については、その多くが道路運送法に定める登録が必要となるため、一般的な代車は認められていません。

遊休車・予備車の有無

被害者が遊休車・予備車を保有し、これにより代替が可能である場合には、休車損害は認められません。
 
これは、被害者も損害拡大防止義務を負っている以上、遊休車・予備車を利用して損害の発生を防止しなければならないし、実際には事業者であればその行為をしているはずであることに基づきます。
 
遊休車・予備車が存在するかは、被害者が保有する他の車両の稼働率、運転者の人数、勤務体制、営業所ごとの保有台数、業務内容等により決定され、これらから判断して他の車両がいわゆる「遊んでいる状態」の場合には、遊休車・予備車が存在していることとなります。
 
もっとも、他の車両が遠距離にある等の事情がある場合には、被害者が遊休車・予備車を使用することは困難であり、遊休車・予備車が存在することのみで休車損害を否定することは相当ではありません。
 
遊休車・予備車が存在しないことについては、被害者が主張・立証責任を負います。
 
これらは損害算定のための事実であるため、要件事実論からしても被害者が主張立証責任を負うことは当然ですが、実際にも加害者が被害者の保有車両の稼働率等を立証することは困難であるという事情もあります。
 
ただし、貨物自動車については事業実績報告書、レンタカーについては貸渡実績報告書等の報告書がそれぞれ運輸支局等に提出されるので、加害者としては、訴訟においては、これらの報告書の取寄せにより、被害者の車両保有台数等を調査することはできます。

営業収入の減少

休車損害が認められるためには、休車期間において営業収入が減少していることが必要か否かも問題となります。
 
裁判例は、営業収入の減少を必要とするもの(東京地判平9・1・29交民30・1・149等)と営業収入が減少していても休車損害を認めるもの(東京高判平11・12・27(平8(ネ)4330、平8(ネ)4350)等)に分かれます。
 
営業収入の減少を必要とする考え方は、合理的ではありますが、全ての場合に適用されるとはいえないでしょう。
 
例えば、人身損害の場合にも、後遺障害を負った被害者が通常以上の努力をして事故前と同等収入を得た場合であっても、逸失利益を認めるのが通説であり、この場合も同様に考えることができるでしょう。
 
他方、経験則上、事業者としては被害自動車がない場合であっても、代替的な手段を講じて損害を減少させ、利益の確保を図ります。
 
これらの代替的手段は、裁判において必ずしも明らかとなるものではないため、安易に被害自動車があればより多額の営業収入を得ることができたと判断することにはためらいがあります。
 
このため、休車期間における利益率、同業他社の売上げの増減、当時の経済情勢等について慎重に判断をし、真に被害自動車が存在していれば、より多額の営業収入があったかを認定することが必要となります。
 
そして、このように多額の営業収入があったと認定される場合には、休車損害が発生しているといえるでしょう。

休車損害の算定方法

休車損害は、1日当たりの利益に休車期間を乗じることにより、算定されます。
 
休車期間は、代車が認められる期間と同様であり、事故と相当因果関係がある修理または買替期間のみ認められます。
 
利益の算定方法としては、次の2つの方法があります。
 
売上高(運賃収入)-経費
 
または
 
売上高(運賃収入)×利益率または(1-経費率)
 
売上高については、おおむね事故前の3か月の平均値を採用することが多いといえます。ただし、季節変動が大きい場合などには、前年度の同時期の数値を参考とする場合もあります。
 
経費については、変動経費(燃料費、修繕費、有料道路通行料等)のみを控除の対象として、固定経費(自動車保険料、減価償却費、駐車場使用料等)は控除の対象とはしないことが通常です。これは、事故があろうとなかろうと固定経費は支出されるためです。
 
人件費を控除すべきかについては裁判例も分かれるところですが、通常の経費と同様に事故があったことにより支出を免れた人件費は控除の対象とし、支出を免れなかった人件費は控除の対象としないことが合理的でしょう。

積荷その他の損害

車両の積荷が損傷した場合の損害

●積荷の損害賠償義務
 
車両との間で事故を発生させた者は、当該車両の損傷による損害以外に、当該車両の積荷の損傷による損害についても、原則として、賠償義務を負うことになります。
 
ただし、民法416条2項(債務不履行についての規定ですが、不法行為にも類推適用されると解されています。)には、「特別の事情によって生じた損害」(以下「特別損害」といいます。)については、当事者(債務者を指すと解されています。)が「その事情を予見し、又は予見することができたとき」に限り、その賠償を請求することができると規定されています。
 
したがって、例えば、一般の普通乗用車に時価数10億円の美術品が積載されていた場合などは、例外的に、当該美術品の時価額は、「特別損害」であり、予見不可能であったとして、賠償義務を免れることもあり得るものと考えられます。

●積荷の損害額
 
車両との間で事故を発生させた者は、当該車両の損傷による損害以外に、当該車両の積荷の損傷による損害についても、原則として、賠償義務を負うことになります。
 
ただし、民法416条2項(債務不履行についての規定ですが、不法行為にも類推適用されると解されています。)には、「特別の事情によって生じた損害」(以下「特別損害」といいます。)については、当事者(債務者を指すと解されています。)が「その事情を予見し、又は予見することができたとき」に限り、その賠償を請求することができると規定されています。
 
したがって、例えば、一般の普通乗用車に時価数10億円の美術品が積載されていた場合などは、例外的に、当該美術品の時価額は、「特別損害」であり、予見不可能であったとして、賠償義務を免れることもあり得るものと考えられます。

基本的な考え方

事故により積荷が損傷した場合には、その損傷が修理可能なものであれば、基本的には、修理費用相当額が損害となると考えられますが、修理が不可能であったり、あるいは、修理が可能であっても修理費用が積荷の事故当時の価格(時価額)を超過したりするときには、時価額を賠償すべきことになります。
 
時価額は、積荷と同種同等の物がどのくらいの価格で取引されているかを基準として決められるものと考えられます。

美術品の場合

ところが、積荷が美術品である場合には、そもそも同種同等の物が取引されていないことも多いと考えられ、時価額の算定方法が問題となります。
裁判所は、美術品の時価額を次のように算定しました。まず、既に売買が成立した当該制作者の他の美術品の価格との比較等から、X主張の販売価格(2619万7500円)は相当であると認めました。
 
しかしながら、本件美術品は本件事故当時には未だ売買が成立していない商品であったこと等から、上記販売価格をそのまま本件美術品の時価額と認めることはできないとして、上記販売価格から、デッドストック(売れ残り品、長期間倉庫に置かれていた商品を指す用語)の要素および相手方との合意(いわゆる値引き)の要素を控除して減価したものが、美術品の時価額であると判示しました。
 
そして、本件美術品が14点と比較的多数であること、Xは10パーセント以上も値引きをして売買を成立させたこともあることも考慮して、上記販売価格を40パーセント減価し、本件美術品の時価額を、上記販売価格の60パーセントと認定しました。

精密機械部品等の場合

また、積荷が精密機械部品である場合には、大量の部品を一度に搬送するため、部品の全てに損傷が生じたことを確認することが事実上不可能である上、外見上は損傷が見当たらない部品についても、事故による衝撃で不具合が生じている可能性があるという問題があります(積荷が食品である場合についても、同様の問題があると考えられます(大阪地判平28・4・26自保ジャーナル1979・148参照)。)。
 
精密機械部品の積荷損害が問題となった裁判例としては、例えば、自動車のヘッドライト部品1万6800個(本件部品)を搬送中の事故につき、本件部品のすべてについて、歪みが生じ物理的に使用不能になった事実を認めるに足りる証拠はないと判示しながら、車両および本件部品の一部に物理的損傷が認められることから、本件部品には一定の衝撃が加わったことが推認され、そのすべてを検品することは経済上不能であるとして、本件部品の全部について商品価値の喪失による損害賠償責任を認めたものがあります(名古屋地判平25・12・13交民46・6・1582)。

着衣・装飾品の損害賠償請求

●人損と物損
 
交通事故による損害のうち、生命または身体の侵害に係る損害を人身損害(=人損)といいます。
 
これに対し、財産権の侵害に係る損害、典型的には車両の損傷による損害を物件(物的)損害(=物損)といいます。
 
そして、着衣や装飾品の損傷による損害は、着衣等の物の所有権という財産権の侵害に係る損害ですから、物損に当たると考えられます。

●着衣等の損害の算定方法
 
着衣や装飾品の損傷による損害の算定方法については、車両の損傷など、他の物損の場合と同じく、修理が可能なときには、所有者は、必要かつ相当な修理費(着衣の汚損の場合にはクリーニング代)を請求することができます。
 
また、修理が不可能となったときには、やはり車両の損傷の場合と同じく、所有者は、その物の事故当時の価格(厳密には、「事故直前の価格と事故直後の価格との差額」というべきでしょうが、事故直後の価格は無視して差し支えないケースが大半であると思われますので、以下、単に「事故当時の価格」といいます。)の賠償を請求することができます(新品の購入金額全額の請求が当然に認められるわけではありません。)。
 
なお、物理的・技術的に修理が可能であっても、修理費が事故当時の価格を上回るとき(修理が経済的に不可能となったとき)には、いわゆる経済的全損として、修理費の請求はできず、事故当時の価格の賠償を請求することができるにとどまります。
 
事故当時の価格については、実務上、購入金額や購入時期をもとに、課税または企業会計上の減価償却の方法である定額法ないし定率法によって算定することが多いものと思われます。

●自賠法3条に基づく請求の可否
 
(ア) 自賠法は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の『生命又は身体』を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」(自賠3)と規定しており、賠償を請求し得る損害の範囲を人損に限定し、物損を除外しています。
 
そうすると、着衣等の損害は、自賠法3条に基づいては請求することができないようにも思えますが、他方で、着衣や装飾品は身体に密着していることから、「身体」に対する侵害による損害に含まれると考えることができないかが問題となります。
 
(イ) 着衣等の損害は「身体」に対する侵害による損害といえるか
 
自賠法3条の「身体」の意義に関しては、次のとおり見解が分かれています(木宮高彦、羽成守、坂東司朗、青木荘太郎「注釈自動車損害賠償保障法〔新版〕」59頁(有斐閣、平10)参照)。
 
すなわち、①「身体」には、義眼、義歯、義肢など、「身体に密着し、かつ身体の一部の機能を代行するもの」は含むものの、着衣や腕時計は含まないとする見解がある一方で、②「身体」には、「身体に密着し、かつ身体にとって必要不可欠なもの、すなわち身体と一体をなすものないし身体の延長ともいうべきもの」(着衣、履物、帽子など)も含むとする見解もあるようです。
 
①の見解が、強制保険として基本補償を担うという自賠責保険の性格から、人損の範囲を拡大するのに慎重な立場をとるのに対し、②の見解は、「身体」との文言には必ずしもこだわらずに被害者保護を重視して人損の範囲を広く解する立場をとるものと思われます。
 
この点に関し、自賠責保険の支払基準(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)は、「義肢等の費用」として、「医師が身体の機能を補完するために必要と認めた義肢、歯科補てつ、義眼、眼鏡(コンタクトレンズを含む。)、補聴器、松葉杖等の用具」に係る費用を「傷害による損害」と認めていますが、①の見解を採用した上で、義眼、義歯、義肢のほかにも眼鏡等を「身体」に含むと認めたものと理解することができます。
 
また、裁判例を概観しますと、眼鏡のほか、着衣、靴などについては、人損として認めた例が多いようですが(例えば、千葉地松戸支判平19・12・26交民40・6・1723)、(腕)時計については否定と肯定の両方の例が見られます(例えば、否定例として、大阪地判昭46・1・27判タ264・282。肯定例として、東京高判昭48・10・30判時722・66)。
 
なお、本事例では、着衣、靴および腕時計について、いずれも人損として認められています。
 
このように、眼鏡代については、自賠責保険の運用上、請求が認められていますが、着衣や(腕)時計の損害については、自賠責保険の運用では認められておらず、裁判上、請求が認められた例もあるにとどまります。
 
なお、眼鏡代等の損害につき、自賠法3条に基づく請求が認められる場合であっても、高価な物については、額を制限されることがあると考えられます。この点に関し、自賠責保険の支払基準は、「眼鏡(コンタクトレンズを含む。)の費用については、50000円を限度とする。」と定めています。

物損事故の場合の慰謝料

慰謝料の性質

慰謝料とは、被害者の精神的損害を填補するための損害賠償金であり、一般的には人身損害を被った場合の入通院慰謝料や後遺障害慰謝料、近親者が死亡した場合の近親者の慰謝料が挙げられます。
 
損害賠償の原則は原状回復ですが、被害者が入通院をしたり、後遺障害を負ったりした場合には、原状回復をすることはできません。
 
このため、金銭的に慰謝料としての損害賠償金を支払うことにより、損害を墳補しようとすることが慰謝料の目的です。
 
これに対し、物的損害については、一部損であれば修理し、全損であれば買替えをすれば、原状回復はされることになります。
 
このため、原則として、物的損害の場合には慰謝料は発生しません。ただし、車両損害の評価損については、完全なる原状回復ができないことを前提として、その差額を金銭評価しようとするものであり、慰謝料に近い性質を有しています。

例外的に慰謝料が認められるケース

上記のとおり、物的損害に慰謝料が認められない理由は、原状回復が可能であることにありますので、例外的に物損であっても、原状回復ができないケースにおいては、慰謝料が認められる余地があります。
 
交通事故の案件ではありませんが、最高裁昭和42年4月27日判決(裁判集民87・305)は、「上告人主張の訴訟は商取引に関する契約上の金員の支払を求めるもので、その訴訟で敗訴したため上告人のこうむる損害は、一般には財産上の損害だけであり、そのほかになお慰籍を要する精神上の損害もあわせて生じたといい得るためには、被害者(上告人)が侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在しなければならない」と判旨し、財産的損害(物的損害)の場合にも慰謝料が認められる余地を残しています。
 
それでは、物損事故の場合にどのようなケースで慰謝料が認められるかですが、主として、以下の類型に分類されます。

被害物に財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値が認められる場合

この類型には、被害物が墓石、位牌、ペットなどが含まれます。

当該事故により被害者に生活の平穏の侵害などの無形の損害や不利益を与えたと評価される場合

後この類型には、修理により自宅での生活に支障が生じた場合などが含まれます。

当該事故により被害者に強い恐怖を与えたと評価される場合

この類型には、深夜に自動車が居宅内まで乗り上げた場合などが含まれます。

事故やその後の加害者の対応が悪質と評価される場合

この類型には、当て逃げや事故後に罵詈雑言を被害者に浴びせる場合などが含まれます。

被害物の財産評価の代替として慰謝料を認める場合

この類型には、被害物が主観的には価値があるが客観的には価値の算定が困難である場合などが含まれます。

上記の類型のうち、①および②は物的損害の慰謝料の適用場面の典型といえるでしょう。
 
これに対し、③は、本来は、むしろ人身損害としての慰謝料として算定することが自然のように思われます。
また、④は、物的損害というよりは加害者の悪質な対応による慰謝料であり、厳密には物的損害の慰謝料ではないと思われます。このため、慰謝料が認められるか否かは、当該悪質性の程度を十分に考慮することが必要となります。
 
そして、⑤については、慰謝料の補完的機能の適用場面とされていますが、本来は、「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」(民訴248)ことにより、損害を算定すべきではないかと思われます。
 
以上のとおり、物的損害については原則として、慰謝料は認められませんが、例外的に、被害物に財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値が認められる場合や、当該事故により被害者に生活の平穏の侵害などの無形の損害や不利益を与えたと評価される場合などには、慰謝料が認められる場合もあります。