慰謝料の算定方法

入通院慰謝料

入通院期間によって定められた基準
(自賠責保険基準、「赤い本」)
+傷害の部位、程度、諸般の事情

後遺障害慰謝料

後遺障害の等級に応じた基準
(自賠法施行令別表1・2、「赤い本」)
+諸般の事情

死亡慰謝料

一家の支柱、一家の支柱に準ずる者、その他等による基準
(自賠法施行令2、「赤い本」、裁判基準)
+諸般の事情

入通院慰謝料

基準額について

裁判基準となる「赤い本」では、入通院慰謝料は、被害者が傷病の治療のために医療機関を受診して治療を受けた場合に認められるもので、入院期間および通院期間に応じて基準化されています。通常の傷害に関する場合と、他覚的所見のないむちうち症に適用される場合で、異なる基準とされています。
 
自賠法13条においては、「責任保険の保険金額は、政令で定める」と定められ、これを受けた政令(自賠法施行令、自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)では、慰謝料は1日4200円とされています。
 
なお、任意保険の支払基準に近い水準であるといわれている自動車保険の人身傷害補償保険においては、「自動車保険の解説2017」(「自動車保険の解説」編集委員会(保険毎日新聞社、平29))408頁で参照されている東京海上日動損害保険株式会社の約款(以下、人身傷害補償保険に関する基準は同約款によります。)によると、入院1日について8400円、通院1日について4200円とされています。

注意点

通院期間について】
裁判基準においては、実際の通院期間を基準に別表に当てはめるのが原則ですが、「通院が長期にわたる場合」には、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある、とされています。
自賠法施行令では、「慰謝料の対象となる日数は、被害者の障害の態様、日治療日数その他を勘案して、治療期間の範囲内とする。」(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)とされています。
人身傷害補償保険では、通院期間は実治療日数の2倍を上限として決定する等の定めがなされることが多いようです。

【増額される場合】
数か所に重い障害を負っている場合などは、「赤い本」では「2、3割の増額」を認めることが可能であるとされています。
自賠法施行令では、「妊婦が胎児を死産又は流産した場合は、上記のほかに慰謝料を認める。」(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)とされています。

後遺障害慰謝料

基準額について

後遺障害等級ごとに基準化されています。「赤い本」では、1級で2800万円・14級で110万円とされています。
 
自賠法施行令によると、別表1の場合は、1級で1600万円、2級で1163万円、別表2の場合は、1級で1100万円、14級で32万円とされています(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)。
 
人身傷害補償保険では、1級で1600万円、14級で40万円とされています。

注意点

逸失利益の算定が困難または不可能な場合、慰謝料で斟酌することがあります。特に、外貌醜状、歯牙障害、嗅覚障害、骨盤骨変形の事例などが挙げられます(瀬戸啓子「労働能力喪失の認定について」『赤い本(2005年版)』(下)93頁参照)。

死亡慰謝料

基準額について

裁判基準である「赤い本」では、
一家の支柱:2800万円
母親、配偶者:2500万円
その他:2000万円~2500万円とされています。
 
自賠法施行令では、死亡者本人の慰謝料は350万円とされています(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)。
 
人身傷害補償保険の参考約款では、一家の支柱について2000万円、被保険者が65歳以上である場合1500万円、それ以外の場合1600万円とされています。

注意点

裁判基準では、一家の支柱、一家の支柱に準ずる者、母親・配偶者、その他等により基礎となる基準額が異なっているといえます。
一家の支柱が他の場合と比較して慰謝料が高額なものとされているのは、慰謝料の扶養的要素が考慮されているものと考えられます。
 
「母親・配偶者」については、一家の生計を経済的に支える立場にはないが、一家の支柱と並ぶ重要な地位を占める者を「その他」よりも有利に扱ったものといわれています。
 
「青本」では、「一家の支柱に準ずる場合」とされていますが、その説明としては、「例えば家事の中心をなす主婦、養育を必要とする子を持つ母親、独身者であっても高齢な父母や幼い兄弟を扶養しあるいはこれらの者に仕送りをしている者など」とされています。
 
裁判基準では、慰謝料増額事由が存在する場合には増額がなされますが、自賠法の基準や、人身傷害補償保険における基準では定型的処理の必要性から、定額化された処理がなされることになります。

慰謝料の考慮要素

基本的なしんしゃく事由

慰謝料のしんしゃく事由について法律上の定め等が存在するわけではなく、判例上は、慰謝料の額は、裁判所が「各場合における事情をしんしゃくし、自由なる心証をもってこれを量定すべきもの」(大判明43・4・5民録16・273)とされています。
 
しんしゃくすべき事由としては、司法研修所論集86号「東京地裁民事第27部(民事交通部)における民事交通事件の処理について」においては、「一般的には、傷害の部位・程度、入通院期間、後遺障害の部位・程度・継続期間、後遺障害出現の不安、後遺障害悪化の可能性、男女の差、既婚・未婚の別、流産・中絶・受胎能力減退の有無、学校欠席・留年の有無・程度、被害者の年齢・職業・社会的地位・財産状態・生活態度、転職・退職の有無やその虞れ、昇進・昇格の遅れ、趣味の享楽不能、飲酒・無免許・礫き逃等被害者に与える苦痛を大ならしめる事情、加害者の年齢・社会的地位・身分、加害者の事故に対する態度、被害者の事故により取得する利益、被害者・加害者間の人的関係、審理における態度等が指摘されているが、これらのみに限られない。」等が述べられています。

交通事故において問題となる増額事由

各種基準における例示

「赤い本」等の基準では、交通事故において特に問題となる慰謝料増額事由について、次のようなものが挙げられています。
 
「赤い本」
加害者の故意もしくは重過失(無免許、ひき逃げ、酒酔い、著しいスピード違反、殊更に赤信号無視等)または著しく不誠実な態度がある場合
 
「大阪地裁における交通損害賠償の算定基準2009年版〔第2版〕」(大阪地裁民事交通訴訟研究会(判例タイムズ社、平21))
① 加害者に飲酒運転、無免許運転、著しい速度違反、殊更な信号無視、ひき逃げ等が認められる場合
② 被扶養者が多数の場合
③ 損害額の算定が不可能または困難な損害の発生が認められる場合

具体的検討

事故態様の悪質性

前掲「大阪地裁における交通損害賠償の算定基準」61頁では、「飲酒運転、無免許運転、著しい速度違反等加害者の悪性が強い場合に慰謝料の増額を考慮するのは、それにより被害者あるいは遺族が受けた精神的苦痛は大きなものがあると考えられるからである」と説明されています。
東京地裁平成15年3月27日判決(交民36・2・439)では、一家の支柱について死亡慰謝料3600万円が、東京地裁平成15年7月24日判決(交民36・4・948)では1歳と3歳の幼児について死亡慰謝料3400万円が認容されました。
 
共に、運転手が飲酒により相当程度酩酊した状態で高速道路を走行するという危険な運転行為の結果、複数の死傷者を出した事案です。

加害者の不誠意

通説たる賠償説からすると、加害者に誠意がないというだけでは足りず、「被害者の精神的苦痛を増加させている」ことが必要です。「交通損害関係訴訟」(佐久間邦夫・八木一洋(青林書院、平21))93頁では、「証拠の隠滅が増額事由に当たることは明らかであるが、単に謝罪や見舞いをしなかった、あるいは責任を否定したとの一時をもって増額事由とすることには慎重にならざるを得ず、常識に反するような対応をしたなど著しく不相当な場合に限られると解される。」と説明されています。
東京地裁昭和58年11月14日判決(交民16・6・1624)では、加害者が交渉を任意保険会社任せにして放置していたケースで、慰謝料増額を認めました。東京地裁平成17年9月13日判決(交民38・5・1254)は、加害会社担当者が代理人のついている被害者の勤務先に電話をしたケースで、独立した不法行為の成立を認めました。
 
東京地裁平成16年3月22日判決(交民37・2・390)では、和解期日を4回重ねた後、薄弱な根拠で因果関係を否定する等の訴訟態度が不誠実であるとして、慰謝料増額が認められました。福岡高裁平成27年8月27日判決(自保ジャーナル1957・56)では、加害者が、客観的事実と異なり、被害者が赤信号で横断していたと捜査機関に誤認させる意識的な虚偽供述を行っていたと認定し、大幅に慰謝料を増額しました。
 
さらに、大阪地裁平成28年7月22日判決(交民49・4・936)では、赤信号無視の事例で、加害運転手が、事故後、救護を行わずに逃走し、逮捕がなされるまで事故に関与していたことを隠し通そうとしていたことを慰謝料増額事由としました。

被扶養者が多数存在する場合

一家の支柱が死亡した際、慰謝料の扶養的機能の観点から、扶養者が多数存在する場合には、増額が求められます。

むちうち症の慰謝料

むちうち症に適用される入・通院慰謝料

むちうち症の特殊性

むちうち症は、頸椎(頸部)捻挫、外傷性頸部症候群、頸部挫傷等の名で呼ばれることが多いようですが、必ずしも一定した定義や病型の分類が確立しているわけではなく、症状も様々です。

むちうち症に適用される慰謝料の基準

他覚的所見のないむちうち症については、被害者本人の気質的なもの、年齢的なもの、被害者意識の強さ、レンテンノイローゼ(賠償性神経症)、老人性変形症、更年期障害等、加害者の責めに帰せられない事由により、被害者の入・通院が長引くことがあるといわれています。
また、生活環境、例えば定職をもっていない場合等の心因的要因の影響が加わることもあります。
 
病院も、被害者の愁訴を奇貨として経済的利益を図ろうとする、いわゆる過剰診療もあり得ます(損害賠償算定基準研究会『注解 交通損害賠償算定基準〔三訂版〕(上)』369頁(ぎょうせい、平17)参照)。
 
このような点を考慮して、他覚的所見のないむちうち症は、実務においては、低額な慰謝料をもって基準とするものとされています。
共に、運転手が飲酒により相当程度酩酊した状態で高速道路を走行するという危険な運転行為の結果、複数の死傷者を出した事案です。

適用される慰謝料額

「赤い本」では、他覚的所見のないむちうち症の入通院慰謝料については、通常の障害の場合の3分の2程度の水準となっています。

後遺障害慰謝料

軽快ないし治癒の可能性

むちうち症は、後遺障害としては、精神・神経系統の障害への該当性が問題となり得ますが、最も多いのは、軽度の精神・神経障害として後遺障害等級12級13号)(局部に頑固な神経症状を残すもの)または14級9号(局部に神経症状を残すもの)であるといわれています。
 
むちうち症は、被害者の愁訴を主たる内容とする精神・神経障害であること、心因性要因の影響が出やすいこと等が考慮され、実務上、症状固定後の症状の軽快ないし治ゆの可能性が認められることが多いといわれます。
 
「交通損害関係訴訟」(佐久間邦夫・八木一洋(青林書院、平21))172頁においても「いわゆるむち打ち症の場合には、症状の消退の蓋然性や被害者側の就労における慣れ等の事情を考慮して、それが自賠法施行令別表第2の14級9号に相当するものであれば5年、12級13号に該当するものであれば10年とされることが多い。」と指摘されています。


 

慰謝料減額の事由となるか

このため、労働能力喪失期間が限定される以上、精神的損害の量も限定されるものとして、慰謝料減額の事由となるのではないかという問題があります。

裁判例

最近の裁判例をみると、京都地裁平成23年7月5日判決(自保ジャーナル1861・63)では、外傷性頸椎症により後遺障害等級14級9号に該当する障害が残存したものと認定され、労働能力喪失期間は7年に制限されましたが、慰謝料額は14級に相応する110万円とされています。
横浜地裁平成23年12月21日判決(自保ジャーナル1869・98)でも、被害者の外傷性頸部症候群および右手打撲の神経症状がともに後遺障害等級14級9号と認定され、労働能力喪失期間を10年に限定しつつ、慰謝料額は110万円とされています。
 
「交通事故慰謝料算定論」(東京三弁護士会交通事故処理委員会慰謝料部会(ぎょうせい、平8))415頁でも、「判例はおおむね、逸失利益につき労働能力喪失期間を限定したか否かにかかわらず、後遺障害慰謝料については算定基準を増減することなくほぼ基準通りの金額を認めているといえよう。」との指摘がなされています。

検討

前掲「交通事故慰謝料算定論」418頁では、「後遺障害の軽快や治癒の原因としては、単なる時間の経過による自然的な症状の改善によるものだけではなく、被害者自身のリハビリテーション等の努力や慣れによるものもある。
これらの被害者の負担や努力の成果を、慰謝料の減額という形で加害者側に帰属させることは不当である。
 
このような場合には、減額事由とされるべきではない。」との指摘もなされているところです。
 
一方、被害者の負担や努力ではなく、時間の経過により自然的な症状の改善が見込まれる場合には慰謝料減額事由として認められることはあり得るのでしょうが、実務上、被告側がこの点の立証を行うことは容易ではありません。
 
むしろ、心因的要素が強い場合などは、素因減額等の適用が問題とされるのではないかと思われます。