1 自賠責保険上で「特殊な性状の疼痛」と位置づけられる代表的な疾患について

骨折、捻挫、打撲などの外傷をきっかけとして、慢性的な痛みと浮腫皮周温の異常発汗異常などの症状を伴う難治性の「慢性疼痛症候群」である、カウザルギーやRSD(あるいは両者を含んだ疾患名としてのCEPS)について、以下説明します。

2 疼痛疾患

(1)  カウザルギーとは

カウザルギーとは、「末梢神経損傷後の四肢の激しい焼けつくような疼痛を特徴とする慢性疼痛性症候群」です。

末梢神経の損傷により発症します。神経が完全に切断されると感覚や運動麻痺を生じますが、末梢神経の損傷によって耐え難い灼熱痛を訴えるカウザルギーは、末梢神経の部分損傷、不全麻痺の病態とされています。

(2)  RSDとは

RSDとは異常な交感神経反射を基盤とする四肢の疼痛疾患の総称です。1986年世界疼痛学会の用語委員会の定義(神経損傷を伴うカウザルギーと区別して、太い神経幹の損傷がない疼痛疾患)が通説的なものです。

RSDの特徴的な症状

①  疼痛:灼熱痛で代表される極めて激烈な自発痛を訴える。

②  著しい腫脹:発症初期には発赤が必発し、皮下組織を中心として広範に皺が減少あるいは消失するほど極めて強い腫脹が現れる。

③  皮膚変化:時間の経過とともに、皮膚は光沢、緊張を失い、蒼白となり皮膚温も低下、乾燥し、指は鉛筆の先端状、ロウソク状となる。

④  骨萎縮:発症後3~4週ごろから骨萎縮が起き、レントゲンでも斑点状の透明像からスリガラス状へと一段と顕著になり、患肢の広範囲に拡大する。(3)  CRPSとは

もともとRSDは、交感神経が関与したジストロフィーを示す疾患という意味でしたが、広範囲にわたる外傷後の難治性疼痛症候群をRSDと呼称する傾向が生じ、その概念は混迷を極めました。

その結果、1944年、世界疼痛学会(IASP)は、外傷等の後に罹患部位より通常末梢側に局所的に生じ、その侵害事象の程度に不釣合に強く、長期にわたり持続し、時に重度の運動障害を伴う疼痛症候群について、CRP名称を付しました。

CRPSにおいては、交感神経の緊張による疼痛は必要な要件でなくなり、神経損傷の有無により、従来のRSDをtypeI、カウザルギーをtypeⅡと分類しました。

IASPによると、typeIは、骨折や柔部組織損傷などの明らかな神経損傷を伴わない軽度の外傷、心筋梗塞や脳卒中による臥床後、1か月以内に発症します。typeⅡは、末梢神経損傷直後に発症するのが通常であるが、数か月後に発症することもあるとされています。

CRPSの特徴的な症状

①持続する灼熱痛で、自動運動や刺激により増強される。疼痛の程度は時間経過とともに変化し、異痛症や痛覚過敏を伴うことがある。

(皮膚温の変化、血流異常、浮腫、発汗異常、運動障害などの状態は、RSDに関する記述のとおり)

CRPSの診断において

1944年に国際疼痛学会が提唱したCRPSの定義では、罹病期間のいずれの時期でも痛み以外に浮腫、皮膚温異常、発汗異常のいずれかが認められればCPRSと判定し、萎縮性変化(皮膚、毛、骨)や関節可動域制限、患肢運動機能低下、交感神経依存性疼痛(交感神経ブロックによって緩和する疼痛のこと)をCPRSの関連項目として挙げているものの、診断(判定)には考慮しないこととしています。

その結果、1994年国際疼痛学会基準は判定の感度は非常に高い一方で特異度が極めて低いことが指摘され、CRPSの病態解明のためには特異度の向上が必要であるとの問題意識が共有されていました。

そこで、CRPSに関連したすべての症状・徴候を因子分析によって抽出し、さらにそれらをCRPS以外の慢性疼痛と効率よく判別するための法則を判別分析によって解明する方法が米国で行われ、本邦でも厚生労働省CRPS研究班によって同様の研究が実施されました。

その結果、2010年に以下の表に示す本邦版CRPS判定指標が示されましたが、本邦版CRPS判定指標の使用にあたっては、併記した但し書きについて理解していることが前提となります。

まず但し書き1にあるように、この本邦におけるCRPS判定指標を用いれば感度826%・特異度78.8%(臨床用)で非CRPS専門医であってもCRPS専門医と同様にCRPSであると判定することができることを意味しています。

また、CRPS患者を対象とした臨床研究を行う際には研究用判定指標(感度59.0%・特異度91.8%)を使用することを強く推奨しています。

さらに但し書き2にあるように、この本邦版CRPS判定指標は治療方針の決定や予後予測、専門医への紹介基準など臨床的な使用のために作成したものである。

よって、補償や訴訟などの判定のために本来は用いるべきではなく、この本邦版CRPS判定指標を用いて重症度や後遺障害を評価してはならないし、CRPSを判定する際には、医療者個々がこの判定指標が作成された前提を十分に理解して活用することが重要となります。

臨床用CRPS判定指標

A 病期のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち2項目以上該当すること。ただし、それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③持続性ないしは不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる)、知覚過敏

④発汗の尤進ないしは低下

⑤浮腫

B 診察時において、以下の他覚所見の項目を2項目以上該当すること。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③アロディニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリック)

④発汗の亢進ないしは低下

⑤浮腫

研究用CRPS判定指標

A病期のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち3項目以上該当すること。ただし、それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③持続性ないしは不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる)、知覚過敏

④発汗の亢進ないしは低下

⑤浮腫

B診察時において、以下の他覚所見の項目を3項目以上該当すること。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③アロデイニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリック)

④発汗の亢進ないしは低下

⑤浮腫

※但し書き1

1994年のIASP(国際疼痛学会)のCRPS診断基準を満たし、複数の専門医がCRPSと分類することを妥当と判断した患者群と四肢の痛みを有するCRPS以外の患者とを弁別する指標である。

臨床用判定指標を用いることにより感度82.6%、特異度78.8%で判定でき、研究用判定指標により感度59%、特異度91.8%で判定できる。

※但し書き2

臨床用判定指標は、治療方針の決定、専門施設への紹介判断などに使用されることを目的として作成した。治療法の有効性の評価など、均一な患者群を対象とすることが望まれる場合には、研究用判定指標を採用されたい。

外傷歴がある患者の遷延する症状がCRPSによるものであるかを判断する状況(補償や訴訟など)で使用するべきでない。また、重症度・後遺障害の有無の判定指標ではない。

3 疼痛の後遺障害の認定について

(1)  平成15年に認定基準が改正されました

平成15年8月8日、厚生労働省労働基準局長より、都道府県労働局長宛に「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」との通達が出されました(平15·8.8基発0808002)。これにより、労災保険においては、平成15年10月1日以降治癒した後遺障害について、改訂された認定基準によって判断されることになりました。

自賠責保険においては、被害者間の公平を図るため、平成15年10月1日以後の事故について、新しい基準が適用されています。

(2)  現在の認定基準について

疼痛については、「疼痛等感覚障害」として、次のように規定しています。なお、〔 〕内の級および号の表記は、自賠責後遺障害等級表(自賠令別表2)の場合のものです。

(ア)  受傷部位の疼痛及び疼痛以外の感覚障害については、次により認定すること。

a  疼痛

(a)  「通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの」 第12級の12〔12級13号〕

(b)  「通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」 第14級の9〔14級9号〕

b  疼痛以外の感覚障害

疼痛以外の異常感覚(蟻走感.感覚脱失等)が発現した場合はその範囲が広いものに限り、第14級の9に該当すること。

(イ)  特殊な性状の疼痛

a  カウザルギーについては、疼痛の部位、性状、疼痛発作の頻度、疼痛の強度と持続時間および日内変動ならびに疼痛の原因となる他覚的所見などにより、疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して次のごとく等級の認定を行うこと。

(a)  「軽易な労務以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの」 第7級の3〔7級4号〕

(b)  「通常の労務に服することはできるが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」 第9級の7の2〔9級10号〕

(c)  「通常の労務に服することはできるが、時には労働に差し支える程度の疼痛が起こるもの」 第12級の12〔12級13号〕

b  反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)については、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認められる場合に限り、カウザルギーと同様の基準によりそれぞれ第7級の3、第9級の7の2、第12級の12に認定すること。

●注 

外傷後疼痛が治癒後も消退せず、疼痛の性質、強さなどについて病的な状態を呈することがある。この外傷後疼痛のうち特殊な型としては、末梢

神経の不完全損傷によって生ずる灼熱痛(カウザルギー)があり、これは、血管運動性症状、発汗の異常、軟部組織の栄養状態の異常、骨の変化(ズデック萎縮)などを伴う強度の疼痛である。

また、これに類似して、例えば尺骨神経等の主要な末梢神経の損傷がなくても、微細な末梢神経の損傷が生じ、外傷部位に、同様の疼痛がおこる

ことがある(反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)という。)がその場合、エックス線写真等の資料により、上記の要件を確認することができる。

なお、障害等級認定時において、外傷後生じた疼痛が自然的経過によって消退すると認められるものは.障害補償の対象とはならない。

(3)  後遺障害診断書作成時に留意すべき点

カウザルギーの場合、損傷された末梢神経の名称、部位の記載が必須です。

また、運動・知覚神経の混在する混合神経の損傷で、疼痛のみならず運動障害が残存する場合には、神経損傷に起因する筋力低下の程度を徒手筋力検査で評価し記載するのと同時に、自動での関節可動域を記載します。

末梢神経損傷で、カウザルギーと運動麻痺が残存した場合、カウザルギーに該当する等級と運動麻痺に該当する機能障害の等級が存在することになりますが、この両者の等級は合算されることはなく、両者のうちの重いほうの等級が採用されることになるからです。たとえば上腕部での撓骨神経損傷により、12級に該当するカウザルギーと10級に該当する機能障害が残存した場合、後遺障害等級としては10級となります。

RSDに関しては、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)が後遺障害認定に際し必須とされているので、これを記載します。

関節拘縮については、罹患関節の他動での可動域を記載します。RSDに伴う関節拘縮が著しく、関節の機能障害から算出される等級が疼痛にあてはまる等級より重くなる場合には、機能障害の等級が採用されることになります。したがって、関節可動域を正確に記入することが重要です。骨の萎縮に関しては、罹患部位の両側X線写真を添付するのが望ましいといえます。

(4)  後遺障害認定上の問題点

後遺障害認定基準が医学的な診断基準あるいは判定指標と異なることが、しばしば問題となります。

とくにRSDに関しては、認定上、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)が必須ですが、国際疼痛学会の診断基準(1994)、本邦の判定指標(2008)のいずれにおいても、これらの所見は必須ではなく、これらの所見を欠いてもCRPSと診断(判定)され得ます。

したがって、医学的診断基準に基づきCRPSないしはRSDと診断され、後遺障害診断書が作成されたにもかかわらず、RSDとしての後遺障害が認定されないという事態が生じ得ます。

また、カウザルギー、RSDであれば後遺障害等級としては7、9、12級のいずれかに該当することになりますが、等級は労働能力への影響度により決まるため、その判断が難しいです。

この場合の労働能力は、患者各々の年齢、職種、利き腕など患者固有の条件は考慮せず、「一般的平均的労働能力」を指すとされていますが、この「一般的平均的労働能力」が具体的には何であるかは示されていません。

また、多くの場合、後遺障害認定時には、患者は休業補償を受け就労していない状態であることも、労働能力への影響の評価を難しくしています。

そのため、太さ、腫れ、色調、皮膚温、筋委縮などの両側比較、両側同時撮影のX線写真、骨密度計測値、筋電図、神経伝導速度検査、MRI、CTでの筋委縮、麻痺所見などの客観的所見に基づいて障害の程度を判定していくこととなるでしょう。

検査法・補助的診断法

①疼痛の程度 VAS、 pain scale

②知覚測定Neuromerer (末梢神経検査装置)

③腫脹・浮腫の程度 周囲径の測定、圧痕の有無、指尖容積脈波(プレチスモグラフィー)

④発汗の程度 櫻井式測定紙

⑤皮膚の血流状態 サーモグラフィー、レーザードップラー検査

⑥骨萎縮の程度 単純XP、三相性骨シンチグラフィー検査で骨破壊や骨形成のある部位を特定する

特にテグネシウムを静注して3時間後に撮影する delayed imageはRSDの立証に有意

⑦関節拘縮 MRI、CT

⑧神経障害・筋肉の活動状態 手指のグリップ時の動作筋電図、肩関節外転時の筋電図検査等

4 裁判実務

(1)  診断について

RSDは、平成15年の改正により、カウザルギーと同様の基準により認定されることになりましたが、それ以前から、裁判例において問題となっていました。

自賠責保険の認定と診療にあたった医師の診断や原告の主張とが異なることもよくあり、裁判において、あらためて、診断基準に基づく判断がされることが多いといえます。

この点、日本版CRPS判定指標が公表される前のものですが、高取真理子裁判官(当時東京地裁民事交通部)は、「疼痛があるというだけでは、その疼痛を裏付ける医学的根拠が明らかでなく、頑固な神経症状を呈する疾患として高い等級に該当し得るRSDであるとは認めるに足りない」として、「一応は、kozin、Gibhos、IASPの診断基準を用いて診断を試みる必要がある」との見解を示しています。

なお、日本版CRPS判定指標が公表されてからは、CRPSの発症の有無については、日本版CRPS判定指標を参照して判断しているものが多いです(ただし、後遺障害として等級認定するための基準としているわけではありません)。

(2)  自賠責保険の3要件

医学上の診断基準を満たしたとしても、必ずしも、特殊な性状の疼痛としての後遺障害評価がなされるわけではありません。

前記高取裁判官は、労災保険、自賠責保険が、RSDの4主徴に含まれない骨萎縮を要件としていることに注意が必要としたうえ、「訴訟においては、RSDの診断が確実性を有するものでない」として、骨萎縮、筋萎縮、神経障害・筋肉の活動状態、皮膚変化などの補助的診断や症状の経過をみながらRSDの該当性を判断するとしています。

また、有冨正剛裁判官(当時東京地裁民事交通部)も、「自賠責保険の等級認定基準が慢性期の3要件の症状が明らかである場合に限定していることは、後遺症の原因を特定して将来の不確実な事実を予想するという目的にかなう一つの合理的な手法であろう」として、関節拘縮・骨萎縮・皮膚変化いずれの症状も認められるかどうかをまず検討すべきとしています。

裁判実務では、主治医がRSD・CRPSと診断していても、自賠責保険における後遺障害等級認定においてRSDと認定されていない場合は、RSDと評価されないことが多いです。医師の診断をそのまま採用して後遺障害評価をしないという傾向は、前述の裁判官のような問題意識があるからと思われます。

なお、日本版CRPS判定指標の但し書きには、「外傷歴がある患者の遷延する症状がCRPSによるものであるかを判断する状況(補償や訴訟など)で使用するべきではない。また、重症度・後遺障害の有無の判定指標ではない。」と記されています。

医学の世界においても、後遺障害診断害を作成する医師に対し、「後遺障害認定基準は医学上の診断基準·判定指標とは別物であることを理解しておかなければならない」との指摘がなされているところであります。

もっとも、臨床用判定指標において2項目、研究用判定指標において3項目以上の他覚的所見についての該当を求めている点は、法的判断においても大いに重視すべき事情です。

日本版CRPS判定指標と近時の裁判例は、目的は異にしているものの、その目的に応じた客観的、他覚的所見に意義を認め、必要としている点で、その方向性は共通しているともいえます。