●積荷の損害額
車両との間で事故を発生させた者は、当該車両の損傷による損害以外に、当該車両の積荷の損傷による損害についても、原則として、賠償義務を負うことになります。
ただし、民法416条2項(債務不履行についての規定ですが、不法行為にも類推適用されると解されています。)には、「特別の事情によって生じた損害」(以下「特別損害」といいます。)については、当事者(債務者を指すと解されています。)が「その事情を予見し、又は予見することができたとき」に限り、その賠償を請求することができると規定されています。
したがって、例えば、一般の普通乗用車に時価数10億円の美術品が積載されていた場合などは、例外的に、当該美術品の時価額は、「特別損害」であり、予見不可能であったとして、賠償義務を免れることもあり得るものと考えられます。
事故により積荷が損傷した場合には、その損傷が修理可能なものであれば、基本的には、修理費用相当額が損害となると考えられますが、修理が不可能であったり、あるいは、修理が可能であっても修理費用が積荷の事故当時の価格(時価額)を超過したりするときには、時価額を賠償すべきことになります。
時価額は、積荷と同種同等の物がどのくらいの価格で取引されているかを基準として決められるものと考えられます。
ところが、積荷が美術品である場合には、そもそも同種同等の物が取引されていないことも多いと考えられ、時価額の算定方法が問題となります。
裁判所は、美術品の時価額を次のように算定しました。まず、既に売買が成立した当該制作者の他の美術品の価格との比較等から、X主張の販売価格(2619万7500円)は相当であると認めました。
しかしながら、本件美術品は本件事故当時には未だ売買が成立していない商品であったこと等から、上記販売価格をそのまま本件美術品の時価額と認めることはできないとして、上記販売価格から、デッドストック(売れ残り品、長期間倉庫に置かれていた商品を指す用語)の要素および相手方との合意(いわゆる値引き)の要素を控除して減価したものが、美術品の時価額であると判示しました。
そして、本件美術品が14点と比較的多数であること、Xは10パーセント以上も値引きをして売買を成立させたこともあることも考慮して、上記販売価格を40パーセント減価し、本件美術品の時価額を、上記販売価格の60パーセントと認定しました。
また、積荷が精密機械部品である場合には、大量の部品を一度に搬送するため、部品の全てに損傷が生じたことを確認することが事実上不可能である上、外見上は損傷が見当たらない部品についても、事故による衝撃で不具合が生じている可能性があるという問題があります(積荷が食品である場合についても、同様の問題があると考えられます(大阪地判平28・4・26自保ジャーナル1979・148参照)。)。
精密機械部品の積荷損害が問題となった裁判例としては、例えば、自動車のヘッドライト部品1万6800個(本件部品)を搬送中の事故につき、本件部品のすべてについて、歪みが生じ物理的に使用不能になった事実を認めるに足りる証拠はないと判示しながら、車両および本件部品の一部に物理的損傷が認められることから、本件部品には一定の衝撃が加わったことが推認され、そのすべてを検品することは経済上不能であるとして、本件部品の全部について商品価値の喪失による損害賠償責任を認めたものがあります(名古屋地判平25・12・13交民46・6・1582)。
例外的に慰謝料が認められるケース
上記のとおり、物的損害に慰謝料が認められない理由は、原状回復が可能であることにありますので、例外的に物損であっても、原状回復ができないケースにおいては、慰謝料が認められる余地があります。
交通事故の案件ではありませんが、最高裁昭和42年4月27日判決(裁判集民87・305)は、「上告人主張の訴訟は商取引に関する契約上の金員の支払を求めるもので、その訴訟で敗訴したため上告人のこうむる損害は、一般には財産上の損害だけであり、そのほかになお慰籍を要する精神上の損害もあわせて生じたといい得るためには、被害者(上告人)が侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在しなければならない」と判旨し、財産的損害(物的損害)の場合にも慰謝料が認められる余地を残しています。
それでは、物損事故の場合にどのようなケースで慰謝料が認められるかですが、主として、以下の類型に分類されます。
被害物に財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値が認められる場合
この類型には、被害物が墓石、位牌、ペットなどが含まれます。
当該事故により被害者に生活の平穏の侵害などの無形の損害や不利益を与えたと評価される場合
後この類型には、修理により自宅での生活に支障が生じた場合などが含まれます。
当該事故により被害者に強い恐怖を与えたと評価される場合
この類型には、深夜に自動車が居宅内まで乗り上げた場合などが含まれます。
この類型には、当て逃げや事故後に罵詈雑言を被害者に浴びせる場合などが含まれます。
この類型には、被害物が主観的には価値があるが客観的には価値の算定が困難である場合などが含まれます。
上記の類型のうち、①および②は物的損害の慰謝料の適用場面の典型といえるでしょう。
これに対し、③は、本来は、むしろ人身損害としての慰謝料として算定することが自然のように思われます。
また、④は、物的損害というよりは加害者の悪質な対応による慰謝料であり、厳密には物的損害の慰謝料ではないと思われます。このため、慰謝料が認められるか否かは、当該悪質性の程度を十分に考慮することが必要となります。
そして、⑤については、慰謝料の補完的機能の適用場面とされていますが、本来は、「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」(民訴248)ことにより、損害を算定すべきではないかと思われます。
以上のとおり、物的損害については原則として、慰謝料は認められませんが、例外的に、被害物に財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値が認められる場合や、当該事故により被害者に生活の平穏の侵害などの無形の損害や不利益を与えたと評価される場合などには、慰謝料が認められる場合もあります。