競業避止義務

1 総論
  労働契約を結んでいる会社(使用者)と労働者においては,互いにその人的・継続的な関係から信頼関係が要請されます。これは,信頼関係があって初めて会社(使用者)及び労働者ともに安心して事業を遂行したり,労働することができるからです。
この点,労働契約法においては,民法の信義誠実の原則(同法1条2項)に対応し,会社(使用者)と労働者との間の信義誠実の原則が特に規定され,確認されています(同法3条4項,「労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない」)。
仮に,このような信義誠実の原則が会社(使用者)と労働者との間に存在しない場合,労働者が会社において知り得た営業先の情報や秘密情報を用いて競業行為を行うおそれがあり,会社(使用者)は労働者にこれらの情報を伝えての活動が困難となります。このような不都合を回避しつつ,会社の自由な活動を促進し経済の発展を寄与するため,労働者が,会社(使用者)に対して競業避止義務を負うことがあります。
  以下では,具体的な場合について考えていきます。

2 雇用関係が継続中の競業避止義務について
労働者は,雇用関係がある間,一般的には会社(使用者)の利益に著しく反する競業行為は差し控える義務があります。仮に,会社(使用者)の利益に著しく反する競業行為を労働者が行った場合には,会社(使用者)は就業規則の規定に従った懲戒処分や損害賠償請求をすることが可能です。ここでのポイントはあくまでも『就業規則の規定』に従った懲戒処分や損害賠償請求に限ります。

3 退職後の競業避止義務について
  労働者が退職した後に,同業他社に転職したり,同業の会社を設立開業したりした場合,退職時に発生する退職金の減額や没収,競業行為の差止請求及び損害賠償請求等が問題となり得ます。
 ⑴ 退職金の減額及び没収
   退職金の減額及び没収については,退職金規程にその旨の明確な規定が存在することが必要となります。加えて,同規定の合理性と同規定を当該退職者のケースに適用することの可否が問題となります。その際には,退職後の競業制限の必要性の有無,競業制限の期間や地域などの範囲,競業行為の具体的な態様(当該退職者に会社に対する背信性等)などに照らして判断されることとなります。近時は,退職後の競業避止義務特約について,それにより保護しようとする使用者の利益,労働者の退職前の地位,競業が禁止される業務・期間・地域の範囲,使用者の代償措置の有無等の事情を考慮して,合理性を欠き無効とした判例もあります(東京地裁H24.1.13労判1041号82頁)。
 ⑵ 退職後の競業行為の差止め
   退職後の競業行為の差止めは,退職者の職業選択の自由(憲法22条)を直接的に制限することになってしまいます。そのため,退職後の競業行為の差止めは,厳しく判断されることになります。具体的には,退職後の競業行為を制限する合理的な理由が認められ,かつ,合理的な範囲内(競業行為を禁止する期間,競業行為とされる活動など)での退職後の競業行為を制限する特約が会社(使用者)と退職者との間で存在する場合にのみ,同特約を根拠として退職後の競業行為の差止めを請求が可能となります。
 ⑶ 損害賠償請求
   損害賠償請求は,会社(使用者)の顧客を大規模的に奪う形や従業員を大量に引き抜いていくなど会社(使用者)に重大な損害を与えかねない態様でなされた場合には,退職後の競業避止特約に基づいて,退職者に損害賠償請求することが可能となります。
   もっとも,近時の下級審判例では,退職後の競業避止特約に基づく損害賠償債務については,労働者の職業選択の自由との関係で,同特約における競業行為の制限の期間,職種や地域的な範囲などを必要最小限にすることや一定の代償措置を会社(使用者)側に求めるなど,厳しく制限する傾向といえます。
 ⑷ 退職後の競業行為を制限する規則や退職者との特約が存在しない場合
   退職後の競業行為を制限する規則や退職者との特約が存在しない場合,会社(使用者)は退職金の減額及び没収や退職後の競業行為の差止めを請求することは原則としてできないことになります。
そこで,会社(使用者)としては,退職者の競業行為が会社(使用者)に対する不法行為(民法709条)にあたるとして損害賠償請求することが考えられます。
もっとも,資本主義社会における日本においては,取引活動は自由競争が原則です。そのため,ここでは,退職者の競業行為が自由競争の範囲を超えた違法なものか否かが問題となります。具体的には,会社(使用者)の営業秘密を用いて競業行為を行ったり,会社(使用者)の信用を虚偽の事実を流布する等の不当な方法を用いている場合には自由競争の範囲を超えて違法なものとして,退職者に不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。
また,退職者の競業行為が秘密保持義務に反する行為でもある場合には,同義務に基づく行為の差止めや損害賠償請求が可能となります。

4 まとめ
  現在の情報化社会において,会社の営業先情報や秘密情報を使った競業行為が行われてしまった場合には,多大な損害を被るおそれがあります。
もっとも,事前に起こりうる事態を想定し,可能な限り,その損害を予防し,最小限にする措置を講じておくことで,経営者は安心して会社経営に専念することができます。
  そのためには,この機会に専門家の意見を聞きながら会社の就業規則や労働者との雇用契約時の契約書の条項及び特約などを再確認してみてはいかがでしょうか。