1. 貸家において事件等が発生した場合とは

賃借人にアパートを貸していて、賃借人あるいは同居人が刑事事件を起こした場合や、賃借人が自殺したような場合、賃貸人としてはどのような手段で損害を回復することができるのでしょうか。
また、そのような事件等が発生した部屋を新たに賃貸する場合に、気を付けることはどのようなことでしょうか。
借家において、事件等が発生した場合の対応についてご紹介しましょう。

2. 刑事事件が発生した場合について

(1) 発生した損害の回復手段とは

(ア)仮に、借家において何らかの刑事事件が発生し、その結果、借家が物理的に損壊された場合、当該借家の所有者でもある賃貸人としては、所有物を侵害されたことを理由に、不法行為責任を追及することができます。

また、その行為者が賃借人である場合には、賃貸借契約に基づく善管注意義務違反を理由として、賃貸借契約の解除及び原状回復(または原状回復相当損害金の支払)を求めることも可能です。

仮に、部屋自体が棄損されていないとしても、刑事事件が発生したことは、その部屋を使用する人にとって、一般的に心理的に嫌悪感を生じる事由であると考えられるので、その部屋の経済的価値を下落させる事情といえます。
そのため、当該損害については行為者に対し、当該損害の賠償を請求することができます。

(イ)刑事事件を生じさせたのが、借家の名義人ではなく同居人であった場合も考えられます。この場合、同居人は名義人の履行補助者という立場なので、同居人の過失は信義則上名義人の過失と同視されます。

そのため、賃貸人は名義人に対し、履行補助者の過失を理由として、上記の請求をすることが可能です。

(2) 刑事事件の発生した部屋を、新たに賃貸する場合の注意点とは

(ア)そのような刑事事件の発生した部屋を新たに賃貸する場合に、賃貸人として気をつけなければならないのは、そのような事実を新たな賃借人に説明する義務を負うかということです。

上記のとおり、刑事事件が発生した事実は、その部屋を使用する人にとって、一般的に心理的に嫌悪感を生じさせる事由とされているため、賃借人としては、そのような事実は賃貸借契約を締結するかどうかに関して重要な事実と言えます。
後にそのような事実が判明した場合には、賃借人から、錯誤を理由として契約の無効を主張される可能性があります。

(イ)また、そのような刑事事件(特に殺人等の重大事件)が発生していた場合、賃貸人としては、その事情を賃貸借契約時に説明する、信義則上の義務があるとされています。
そのため、事情を知りながら賃借人に告げなかった場合、賃借人から説明義務違反を理由とする、契約の解除等を主張される可能性があります。
その告知義務の程度については、事件の重大性や周囲の状況等に応じて、事案ごとに判断されています。

3. 賃借人が自殺した場合について

(1) 発生した損害の回復手段とは

賃借人が借家内で自殺した場合も、上記と同様に、当該部屋について心理的に嫌悪感を起こさせる事由を発生させたとして、損害賠償が可能と考えられています。
この場合、賃借人本人に対して請求をすることはできませんが、不法行為に基づく損害賠償請求権はすでに発生しているため、その相続人に対し、賠償を求めることが可能です。

(2) 自殺のあった部屋を新たに賃貸する場合の注意点とは

自殺のあった部屋を新たに賃貸する場合の注意点も、上記と同様に、賃貸借契約の際にその事実を説明する告知義務があるということです。
もっとも、自殺の場合、一般的に刑事事件に比べて心理的な嫌悪感の程度が低いとされ、数年で告知義務が消滅するケースも見られます。
これについても、事案に応じた検討が必要です。

4. まとめ

人の入れ替わりが激しい賃貸アパート等では、様々な人間が生活しているため、どのような事態が発生するかについては、予期することができません。
そのため、原則として、賃貸人が事件や事故の発生そのものについて責任を問われることはありません。

もっとも、そのような事実を知った以上は、賃貸人としても、次に使用する人のために必要な配慮をすべき義務が認められているため、発生した事実について誠実に対応することが必要です。