松本永野法律事務所
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1. 従業員をいつ解雇するか

会社が破産するとき、どの段階で従業員を解雇するかについては、事業停止の時期をはじめ、残務処理や、売掛金の精査など経理関係の処理、破産手続き開始後の管財業務への協力の要否などの観点から、「残ってもらう必要があるかどうか」を基準に判断すべきといえます。

従業員に残ってもらう必要がなければ、破産申立て前に解雇し、早期に失業保険の給付が受けられるよう手続きをすべきです。

解雇する際は、解雇予告手当を支払うだけの資金があれば、予告手当を支払って即日解雇します。解雇予告手当を支払う資金がなければ、予告手当の支払いなしに即日解雇して、後の破産手続きにおける支払いに委ねるのが通常です。

(1)解雇予告手当とは

使用者が労働者を解雇する場合、「解雇予告制度」の適用を受けることになります。少なくとも30日前に解雇の予告をしなくてはならず、それに満たない場合、会社側は30日に不足する平均賃金を労働者に支払わなければなりません。それを「解雇予告手当」といいます。

2.解雇にあたっての留意事項

(1)解雇前に必要な準備

従業員の解雇にあたっては、解雇予告手当の計算や未払賃金の計算等の準備を事前にしておく必要があります。その他、解雇通知書も用意しておく必要があります。

(2)源泉徴収票の交付

解雇された元従業員が、源泉徴収票を必要とすることがあります。確定申告を行う場合や、再就職先で年末調整を行う場合、元の勤務先(破産会社)での源泉徴収票が必要になるからです。

実際に給与の支払いをし、源泉徴収したところまでで作成し、可能な限り解雇と同時に交付できるよう準備しておきます。解雇と同時に交付できない場合には、解雇後なるべく早く作成し、すみやかに交付できるようにします。

(3)離職証明書等の提出

解雇された元従業員が、失業保険を受給するためには、ハローワークに離職票を提出する必要があります。

離職票は、会社がハローワークに雇用保険被保険者離職証明書、雇用保険被保険者資格喪失届を提出すると、ハローワークから会社に対して交付されるため、元従業員へは会社から交付することになります。

解雇理由については「会社都合」とすることで、元従業員が失業手当を有利に受給することができます。

なお、失業手当の給付される日数は被保険者であった期間と離職時の年齢によって異なりますが、勤務先の破産による失業の場合には通常、「特定受給資格者」として一般的な失業の場合よりも給付日数が長くなっています。

(4)住民税の異動届の提出

従業員の住民税は、会社が給料から天引きし、元従業員の住所地の市区町村に納税しています(特別徴収)。会社破産に伴い、特別徴収から元従業員が市区町村に直接納付する普通徴収の方法へと切り替える必要があります。

給与の未払月から普通徴収に切り替えることとして、各市区町村に異動届を提出します。異動届の用紙は各市区町村にありますので、これを入手して作成します。

(5)資格喪失届の提出

従業員は解雇されたことに伴って、社会保険・厚生年金から、国民健康保険・国民年金へと切り替える必要があります。被保険者資格喪失届、事業者自体の資格喪失届(適用事業所全喪届)を年金事務所に提出します。

(6)健康保険被保険者証の回収

会社が社会保険に加入している場合、破産すると健康保険証が使えなくなります。解雇後に保険証を利用すると、年金事務所から保険適用部分の請求が来ますので注意が必要です。

年金事務所から加入一覧表を取得して、従業員から回収していきます。健康保険証は使えませんので、自費診療を避けるためには直ちに別の健康保険に加入する必要があります。

3.労働債権について

労働債権とは、給料(未払い賃金)や退職金、賞与のことで、会社破産の際に持っている財産から労働者が得るべき権利を指します。担保のない一般債権よりも優先して弁済を受けることができます。

(1)給料(賃金)

給料のうち、破産手続開始前の3カ月間(この間の労働対価に相当する場合)のものは「財団債権」となります(法149条1項)。

財団債権は、労働債権の中でも最も優先的に弁済を受けることができる債権です。

破産申立てが遅れ、解雇後3カ月以上経過した後に破産手続開始決定がなされると、給料の財団債権部分がなくなってしまいますので、給料の未払いが続いている会社のケースでは、その点からも急ぎ破産申立てをすることが求められます。

給料のうち、財団債権とならない部分は、財団債権の次に優先度の高い「優先的破産債権」となります(法98条1項、民法306条2号)。なお、役員報酬はそれらより優先度が下がる「一般破産債権」にあたります。

(2)退職金

退職金については、「退職前3カ月間の給料の総額」と「破産手続き開始前3カ月間の給料の総額」のいずれか多い方の額に相当する額が財団債権となります(法149条2項)。

退職金のうち財団債権に該当しない部分は、優先的破産債権となります(法98条1項、民法306条2号)。なお、会社の就業規則等に退職金の支払い基準等を定めた規程が存在しなければ、退職金債権は発生しません。

(3) 解雇予告手当

解雇予告手当ての支払いなしに即日解雇した場合、解雇予告手当が未払いということになりますが、解雇予告手当の取り扱いについては、各裁判所により運用が異なります。

破産手続開始前3カ月間に解雇の意思表示がなされた場合の解雇予告手当については、財団債権として扱う運用をしている場合と、優先的破産債権としている裁判所もあります。

なお、解雇予告手当は、後述の「未払賃金立替払制度」の対象となりませんので、未払賃金と解雇予告手当の両方は支払えないが一方だけなら何とか支払えそうだという場合には、まず解雇予告手当を支払い、未払賃金については立替払制度を利用してもらうという方法をとれば、元従業員の保護に資するといえます。

(4) 退職金共済等

会社によっては、将来の退職金支給に備えて会社が掛金を社外に積立てる制度(退職金共済や保険など)に加入している場合があります。例えば、中小企業退職金共済(中退共)の場合、加入している従業員の請求により、退職金が従業員に直接支払われることになります。

4.未払賃金立替払制度について

(1) 未払賃金立替払制度の概要

未払賃金立替払制度とは、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づくもので、企業が倒産して賃金が支払われないまま退職することを余儀なくされた労働者に対し、独立行政法人労働者健康福祉機構が未払賃金の一定の範囲について立替払いしてくれる制度です。

破産財団の形成が見込まれないケースや、破産財団は形成されていても公租公課が多額で労働債権の弁済に充てられる部分が少ないケースなどでは、この立替払制度を利用することで元従業員の保護を図れます。

(2) 未払賃金立替払制度の対象

未払賃金立替払制度の対象となる人は、破産申立日の6カ月前から2年の間に退職した人です。破産の申立てが遅れ、退職後6カ月以上経過した後に申立てがなされた場合、この制度は利用できませんのでこの点からも迅速に破産申立てをすべきといえます。

立替払いの対象となる賃金は、退職日の6カ月前の日以降に支払日が到来している分の賃金と退職手当です。賞与や解雇予告手当は対象となりません。立替払いされる金額は、未払賃金総額の8割ですが、立替払いを受ける人の退職日時点の年齢に応じて限度額が設けられています。

(3) 立替払いの期間

立替払いの請求ができる期間は、破産手続開始決定の日の翌日から2年以内です。未払賃金立替払制度を利用すべきか否かは、労働債権の弁済見込みやその弁済時期等を考慮の上、破産管財人と協議することになりますが、その際も期間を徒過しないよう注意する必要があります。