1. 発信者情報開示請求とは

インターネットの普及とその利用者の増加に伴い、インターネット上でのトラブルが増加しています。なかでも多いのが、インターネット上の掲示板への書き込み、SNSへの投稿、ホームページやブログの記事などで、誹謗・中傷されたというトラブルです。
このようなネット上の誹謗・中傷により、人格権である名誉権やプライバシー権等が侵害された被害者は、その被害回復のため、書き込みなどをした発信者(侵害者)に対して、不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます。
しかし、発信者がどこの誰かということがわかっていればよいのですが、匿名掲示板等への書き込みの場合、まず発信者を特定する所から始めなければなりません。
この発信者を特定するための手続きが、発信者情報開示請求なのです。

2. 発信者情報開示請求について

(1) プロバイダ責任制限法とは

発信者情報開示請求は、プロバイダ責任制限法に規定されています。一般には、プロバイダ責任制限法と呼ばれていますが、その正式名称は「特定電気通信薬務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」といいます。
プロバイダ責任制限法は、2001年11月に成立、翌年5月に施行されました。インターネット上の情報の流通(掲示板、SNSの書き込み等)によって、名誉棄損や著作権侵害が生じた際に、どのような場合に「特定電気通信役務提供者」(以下、「プロバイダ等」といいます)が責任を問われるかや、発信者情報を開示する権利などについて規定したものです。
一般的に、プロバイダと言われて思い浮かべるのは、インターネットを利用しようとするときに特定の事業者と契約する、接続サービスを提供するプロバイダー(ISP)だと思います。
しかし、プロバイダ等にはISPだけでなく、情報のやり取りを仲介するために、機械的な設備を提供するサーバー運営会社、情報提供の機能や場を提供するホスティングプロバイダ(HSP)、すなわち電子掲示板の運営・管理人やブログ開設者なども含まれます。
プロバイダ責任制限法は第4条において、「情報の流通によって自己の権利を侵害された者は、権利侵害が明らかであり、開示を受けるべき正当な理由があるときに、プロバイダ等に対し、発信者情報の開示を請求できる」と規定しています。これが「発信者情報開示請求」です。

(2) 発信者を特定するための情報とは

発信者情報開示請求により、発信者を特定するまでには、見えている情報(例えば、2ちゃんねるの掲示板に書き込みがある場合、見えている情報は2ちゃんねるというサイト名、掲示板の名前、スレッドの名前、レス番号、書き込みの日時、書きこんだ内容です)から辿らなければならず、少なくとも2段階の手続きを踏まなければなりません。この手続きを理解するために、発信者を特定するためのどのような情報が、どこにあるのかを簡単に説明しましょう。
発信者がネット上の匿名掲示板に書き込みする場合、まず、発信者が契約しているインターネット接続サービスプロバイダ(IPS)を利用してネット接続をし、掲示板のあるウェブサイト(HSP)に接続して書き込みを行います。

ISPは、発信者と接続サービスの契約をしているので、発信者の氏名・住所などの情報を保有しています。

IPアドレスは数字の羅列であり、ネットワーク上の住所といったもので、あらかじめISPに割り当てられています。そして、ISPに割り当てられたIPアドレスの中から、ISPの利用者に対して、さらに自動で割り振ります。

利用者に割り振られるIPアドレスは、接続する度に空いているものが割り当てられるので、IPアドレスだけでは発信者を特定することはできません。しかし、IPアドレスとそれが使用された日時を特定すると、IPアドレスは世界中で1つしかないので、ISPはその日時にどの契約者に当該IPアドレスを割り振ったかを調査することができるのです。
発信者がネット上の匿名掲示板に書き込むと、HSPにアクセスログ、すなわち、IPアドレス、タイムスタンプ(投稿日時)などが保存されます。アクセスログは、サイトの閲覧者からは見えない情報です。

(3) 発信者特定までの2段階の流れとは

ここでは、一般的で大まかな流れについて説明します。
まず、①「HSP」に対して、発信者情報開示請求をします。「HSP」から、発信者が書き込みに利用したIPアドレスとタイムスタンプ等が開示されます。前述の通り、このIPアドレスは「ISP」毎に割り当てられているので、IPアドレスがどこの「ISP」に割り当てられているかを検索できる、「WHOIS」というサイトで検索すると、発信者が契約している「ISP」が判明します。
次に、②発信者が契約している「ISP」に対して、IPアドレスとタイムスタンプを記載した発信者情報開示請求をします。これで、特定の時間に特定のIPアドレスを割り当てられていたのは、どの契約者であるかということがわかり、発信者が特定されることになります。

(4) 発信者情報開示請求の方法・手続きについて

ホスティングプロバイダ(HSP)への発信者情報開示請求とは

(ア) 書面の送付について
一般社団法人テレコムサービス協会が、発信者情報開示請求書という書式(「テレサ書式」と呼ばれます)を用意しています。この書式に必要な事項を記載して、発信者情報開示請求を行います。
具体的には、侵害された権利、侵害の明白性、開示を受けるべき正当な理由などを、具体的に記載する必要があります。その他、添付する書類として、侵害情報が記載されているウェブページが存在することの証明として、対象のURLが分かるように保存したスクリーンショット等や、被害者本人による請求であることを証明する身分証の写しなどが必要となります。
サイトによっては、送付先住所がウェブページに載っていないこともあり、調査が必要となることがあります。
(イ) メール・問い合わせフォームについて
侵害情報が載っているサイトなどに、メールや問い合わせフォームがある場合、それを利用して開示請求するのが、最も簡単な方法です。記載する内容は、「テレサ書式」と同様に、侵害された権利、権利侵害の明白性と開示を受けるべき正当な理由です。
ただし、サイトの運営・管理者は、削除請求とは異なり、発信者に関する情報の問い合わせに対し、個人情報保護の観点からこれを任意に開示することはほとんどありません。これは、発信者のプライバシー権や、匿名による表現の自由も通信の秘密として保護に値するので、正当な理由なく開示することがあってはならないからです。
(ウ) 発信者情報開示の仮処分について
発信者情報開示請求は、裁判手続きを利用しなくてもできますが、任意に開示に応じるとは限りません。開示されない場合には、裁判所から開示を命じてもらうため、仮処分の手続きを利用します。
HSPへの発信者情報開示請求はまだ1段階目なので、ここで長期間争っていると、ISPへの発信者情報開示請求の頃には、アクセスログ情報が削除されてしまっている恐れがあります。なぜなら、プロバイダ等は発信者を特定するアクセスログ情報を、一定期間保管する義務が定められていません。多くのプロバイダ等では、3ヶ月や6ヶ月でアクセスログ情報を消去しています。したがって、本案訴訟ではなく、仮処分を用いるのが一般的です。

インターネットサービスプロバイダ(ISP)への発信者情報開示請求とは

(ア) 書面の送付について
ISPに対しても、テレサ書式により必要な事項を記載して開示請求するのは、HSPに対する発信者情報開示請求と同様です。 もっとも、それぞれ管理している設備や保有している情報が異なるので、「[貴社・貴殿]が管理する特定電気通信設備等」と「開示を請求する発信者情報」の欄の記載が変わってきます。
・「[貴社・貴殿]が管理する特定電気通信設備等」…HSPに対しては、侵害情報が載っているURLを記載します。ISPに対しては、HSPから開示を受けたIPアドレスとタイムスタンプを記載します。
・「開示を請求する発信者情報」…HSPに対しては、IPアドレスやタイムスタンプなどのアクセスログ情報であり、ISPに対しては、発信者の氏名や住所などの契約者情報となります。テレサ書式をダウンロードして利用するのであれば、あてはまるものに「○」を付けるだけです。
ただし、ISPに対して、書面を送付して発信者情報開示請求しても、開示されないことが多いです。これは、開示請求の情報がIPアドレスなどと異なり、氏名や住所といった個人情報であることから、安易に開示すれば、発信者から損害賠償請求を受けるリスクがあるためと考えられます。
(イ) 発信者情報開示請求本案訴訟について
ISPに対する発信者情報開示請求で、裁判手続きを利用する場合、本案訴訟が必要となるのが原則です。仮処分命令を得るためには、保全の必要性を満たす必要があります。しかし、アクセスログ情報の保存さえ行えば、争っているうちに開示を受けられなくなるおそれがありません。仮処分で開示すべき緊急性がなく、保全の必要性を満たさないからです。

(5) 発信者の特定ができない場合は

HSPに対する開示請求により、IPアドレスとタイムスタンプが判明して、「ISP」に対して発信者情報開示請求をしても、発信者を特定できない場合もあります。私が経験した事例では、ISPがIPアドレスと契約者とを紐付けしていない接続サービスとなっていて、発信者の特定に至らなかった場合がありました。
特に注意が必要なのは、「プロバイダ等」は、発信者を特定するアクセスログ情報を、一定期間保管する義務が定められていないことです。そのため、多くのプロバイダ等では、3ヶ月や6ヶ月でアクセスログ情報を消去しています。
つまり、段階的に手続きを進めないと、発信者は特定できません。IPアドレスが判明して「ISP」に発信者情報開示請求をした段階で、アクセスログ情報が消去されてしまっていて特定できない、という事態にならないように、迅速な対応が必要となります。

3.まとめ

インターネット上の掲示板への書き込みなどにより、名誉やプライバシーが侵害された場合、発信者から金銭賠償を受けることが、被害回復の1つの手段です。そして、発信者に対して賠償請求するためには、発信者情報開示請求をして、発信者を特定する必要があります。
しかし、上記で説明したように、段階的に手続きを進めないと発信者を特定できません。IPアドレスが判明して「ISP」に発信者情報開示請求をした段階で、アクセスログ情報が消去されてしまっていて特定できない、という事態にならないようにしなければなりません。
そのためには、迅速な法的対応が必要となりますので、まずは専門家に相談してみて下さい。相談者の方にとって最適な方法をアドバイスしてもらえるはずです。
弁護士法人松本・永野法律事務所では、ネットによる誹謗中傷事件を数多く取り扱っている弁護士による法律相談を、福岡県・長崎県にて実施しています。ぜひお気軽にお電話ください。